お酒もオーガニックで

 体に害のあるといわれるタバコでも、有機栽培のものや無添加のものを好むドイツ人。アルコール飲料ももちろんオーガニックが大人気だ。ドイツでビールと呼ばれるものは、16世紀に定められた純令法に沿っている。つまり麦芽、ホップ、水、酵母だけで製造されたアルコール飲料のみをビールと言い、保存料や着色料等それ以外の添加物を全く許さない。つまり、無添加のオーガニックビールこそ、本当のビールであると言える。
 もちろん現在では、ドイツで製造されているビールも工業的製法を利用しているものが主流であり、その意味において伝統的な意味におけるビールからはかけ離れてしまう。オーガニックビールはそうした近代的な要素を取り除き、限りなくビールつくりの原点に戻ったビールと言えるだろう。ところが実際オーガニックビールに関する国全体の規定は存在しておらず、欧州全体でも無いようだ。オーガニックビールに関する細かい取り決めは、現時点ではビール業界団体が行っているのみだ。
 こんな風に統一された規定のまだないオーガニックビールだが、それでも各製造業者は手間を抜くことなく、自社のビールづくりに力を入れている。また、オーガニックビールはろ過をしていないものが多い。品質保持期間も4−6ヶ月と短く、製造業者の視点からみて実用的とはいえない。そんなつくり手を支えているのは、彼らの持つ物づくりの哲学だ。
 よくオーガニック食品を健康食品のそれと思われることがるが、それは違う。オーガニックでは、人類の健康を第一主義にしているのではなく、生態系の幸せが重要だからだ。人間が自分たちに都合の良いように発明した、添加物や工程を用いず、なるべく自然の力だけを借りて、何とかしようと言うのがオーガニックの哲学なのである。
 こうしたオーガニック食品がドイツで人気を博するようになったのは60年代だった。当時はヒッピー族と言われる人たちが顧客層であり、オーガニックストアに行けば、麻や綿のラフな服に身を包み、長髪にひげを伸ばしたサンダル履きの人たちばかりが目に付いた。普段あまりお金を持たない彼らだったが、高めのオーガニック製品を買うことは、政治的な意味を持っていた。
 ところが狂牛病が流行りだした頃から、人間の健康や生物界に負担のない食品製造のあり方に再び注目が集まることとなり、おしゃれな小金持ちシングル達がオーガニック製品を手にするようになってきた。同時に現在有機製品を求めることに政治的な意味ではない。大量生産にはない、手の込んだ良質さがその売りとなっている。事実美味しいオーガニックビールの数が増え、有機にこだわらない人たちも楽しめるようになってきたのである。
(たかもとみさこ:ベルリン在住)

月刊 酒文化2010年04月号掲載