ドイツ風ビールの冷やし方

 ドイツでビールを頼むと何時までたってもでてこない。専門店に行けばいくほど、ビールがサーブされるのが遅いので、自分のした注文を忘れられているのかなと思うこともしばしば。「もう少し待たされたらウェイトレスに文句を言ってやろう」と思うころに、デーンっと大きなジョッキに注がれた生ビールがやってくる。ガラスのジョッキの厚い口からあふれんばかりにビールの表面を覆っている泡は、これまた分厚く、飲もうとしても中々喉に液体が流れ込まないほどだ。日本のようにセカセカ、ガッと注ぎいれたビールなんてご法度! ゆっくりゆっくり時間をかけてジョッキに注ぎ、注いではまたしばらくおいて、おいては注ぎを繰り返したからこそこの素晴らしく細かい泡ができるというわけだ。
 この泡をつくる秘訣は注ぐのにかけた時間だけではない、ビールの温度も重要なポイントだ。理想的なビールの温度は七-九度と言われていて、温かすぎてもいけないし、冷たすぎれば香りが死ぬだけではなく、成分が小さな粒子となり、ビールそのものを濁らせてしまう。日本で飲むビールに比べて、ドイツでいただくものは温かめに感じるかもしれない。暑い国ほど氷のように冷やす傾向にあるビールだが、真夏のソフトドリンクにだって殆ど氷を入れないドイツでは、ビールが氷のように冷えていることはまず無い。そういえば夏には四五℃を越えるスペイン南部で、凍った瓶ビールをカフェで出され仰天したことがあるが、これはビール大国のドイツ人にとっては信じられないことなのだ。
 さて、ホームパーティの好きなドイツ人だが、沢山の人が山ほどのビールを飲み干すパーティーで、ビールをどうやって冷やすのかは大きな問題だ。一人頭二リットルを平均消費するのだから、普通サイズの冷蔵庫に瓶が入りきるわけが無いし、かといって冷蔵庫にあるものを出して、ビール瓶で埋め尽くすわけにも行かない。さらには、温度にこだわるドイツ人が、冷凍庫でビールを冷やすことなぞありえないのである。
 そこで大活躍するのはなんとバスタブ。大きな欧州タイプのバスタブに、水と氷をいれ、ビール瓶をゴロゴロと沈める。キャンプのとき川で飲み物を冷やすのと似た方法だが、これだと適温がキープできる上、好きなときに好きなだけお客さんも自分のビールを飲むことができて便利だ。ドイツのホームパーティでは、テーブルに向ってじっくり食事を楽しむものは少なく、大抵は家の中をウロウロしては、各部屋で出会った人と話し込んだり、音楽のかかる部屋で踊ったりと、各々が好きなように時間を過ごすのが一般的だ。お陰でおつまみのあるキッチンや、ビールのあるお風呂場に人が自然と集まってしまうのが面白い。
 まもなく開催されるワールドカップ。あちらこちらのマンションで、観戦パーティが催されるが、バスタブにはビールが山盛り冷やされて、興奮するサッカーファンのクールダウンに一役買ってくれることだろう。バスタブと言えど、洗い場のないドイツでは、シャワーに使われるだけ。本当にドイツでバスタブが活躍するのは、ビールを冷やすときと言えるのかもしれない。
(たかもとみさこ・ベルリン在住)

月刊 酒文化2010年06月号掲載