飲み屋ビジネスの新しいかたち

 ベルリンには本当に変わった飲み屋がたくさんある。一見ただのバーなのに、奥がブティックになっていて、ベルリンの若いデザイナーブランドを物色する人で賑わっていたり、手前はカクテルバーなのに、奥にある大きなドアを開けると、ホモセクシャルの人たちの出会いの場になっていたり。それぞれの店がそれぞれのあり方を主張している。
 個性的な店が多い中でも、地味ながら成功を収めているのが、料金のない飲み屋だ。ドイツ東西統一後人気のプレンツラウアー地区にあるこのバーは、半地下。道行く人の脚が見えるこの隠れ家的スポットの最大の魅力は、毎日バーを仕切るグループが入れ替わることだ。つまり月曜日はスープとサラダをサーブするワインに詳しい女性が主催、火曜日はフランス料理の簡単なコースをご馳走してくれるフランス人のシェフが働き、水曜日はオリエンタルな食品と飲み物でお客さんを愉しませてくれる二人組みが夕方からお客を迎えるといった感じ。各グループは、いわば週1日その場所を借りていて、店のキッチン、食器を使い、必要なものは自分たちで持参してもよい。そして飲み物や食べ物の材料は全て、自分たちで準備するといった多目的酒場なのだ。毎日同じ場所で違うものが楽しめるというのは面白い。
 まず店に入るときから一味違う。ドアを開けて半地下に足を運ぶと、その日のお店のご主人が座ってお客を迎える。「こんばんは」と挨拶をして、まずはワイングラス代1ユーロを支払い、グラスを受け取る。例えばワイン・バーの日、月曜日なら、飲み物はなんとワイン数種とブドウジュースしかない。お水は水道水をカラッフェに入れて持ってきてくれるのみだ。
 その場で希望するドリンクをグラスに注いでもらって、適当に席につくと、それとなく店員さんがやってきて、その日のメニューを伝えてくれる。「かぼちゃのスープと、オリーブの入ったサラダと、後はヒヨコマメのペーストだけど、何かいる?」まるで学園祭の手作りカフェのような感じの気楽さだ。
薄暗いライトの店内にはBGMもかかっていないし、やたらと居心地のよい深いソファと分厚い木の机も、全てセカンドハンド。大好きな友達と何時間でもお酒と軽食を愉しみながらゆっくりすごせるこの店には、先ほども言ったようにメニューがない。つまり料金設定がされていない。散々飲んだり食べたり話したりした後、店を出るときは、入口のその日の店主に挨拶をし、1ユーロで借りたグラスを返す。小さなテーブルには貯金箱が置かれてあって、そこに好きなだけお金を支払って帰る。「こんなのでやっていけるのかな」と思ってしまうが、この手の飲み屋が今増えつつあるところを見れば、以外に儲かるシステムらしい。勿論満足しているからこそお客がきちんと支払って帰るわけだが、わりに人の心はマダマダ荒んでいないようだ。
(たかもとみさこ:ベルリン在住)

月刊 酒文化2009年02月号掲載