ブダペストの名酒、ウニクムの歴史

 もう何年も前に一度このコラムに登場した酒「ウニクム」。その昔、ハプスブルグ家に仕える宮廷医師だったツヴァック・ヨージェフ(姓・名)が調合した薬草酒で、それを飲んだ皇帝が「これはユニーク(ウニクム)だ!」と言った事からウニクムの名がついたと言う由来がある。黒くとろりとした液体は苦く、そして甘い、その独特のハーブの香りは一言では言い表せない、たしかにユニークなのである。最初にウニクムが調合されたのは1790年、実に200年以上の歴史を持つ酒なのだ。
 ウニクムの蒸溜所のあるツヴァック社は今でもブダペストのドナウ川沿いに建っている。宮廷に仕えたツヴァック・ヨージェフの子孫、ツヴァック・ヨージェフがブダペストに蒸溜所を創業したのは1840年、その後、蒸溜所は現在の場所に移転してツヴァック家の子孫に引き継がれてきた。第二次世界大戦前までに製造した蒸溜酒は220種類以上、 中央ヨーロッパでも有数の大規模な蒸溜所に成長した。第二次世界大戦では三度の爆撃に遭い、蒸溜所は破壊され、戦争が終わり事業を再開した矢先の1948年に蒸溜所は国営化されてしまう。
 ツヴァック家にいた二人の息子のうちヤーノシュは家族を連れてアメリカに亡命、その際に代々伝わってきたウニクムのオリジナルレシピを国外に持ち出した。そして、ハンガリーに残ったもう一人の息子ベーラは国営化された蒸溜所にニセのレシピを渡した。ハンガリーが民主化された1989年にヤーノシュの息子、ペーテルが蒸溜所を買い戻し、ウニクムはオリジナルの味に戻る。90年代の初めは、共産圏時代に製造されていたニセのウニクムとツヴァック社の本家ウニクムの2種類が飲み屋で見かけられたと言う。現在のツヴァック社には博物館もつくられていて、その歴史を辿る事が出来る。
 ウニクムに使用されるハーブは40種類以上、そのブレンドレシピは今でも企業秘密だ。これが日本だったら、どんな効用があるかなど、ハーブのひとつひとつに宣伝文句が付けられそうだが、ウニクムに使用されているハーブは名前さえ明かされていない。アルコール度は40℃、特に胃腸系に効く薬用酒として知られていて、食前や食後に一杯、ショットグラスで飲む。
 ブダペストでツヴァック社を再建したペーテル氏は5年前に85歳で亡くなった。生涯現役で、出勤すると誰よりも元気にすべての従業員に声をかけていたのだと言う。わたしは一度、ペーテル氏をブダペストの老舗ホテルのカフェで見かけた事がある。取材中だった事もあり、せっかくなのでぜひ協力してもらえないかとお願いすると、快く撮影に応じてくれた。毎日のようにこのカフェに通って来ると店の人から聞いた。ひと昔前の文化人には必ず常連のカフェがあった、そして、ペーテル氏はその古き良き時代の雰囲気を漂わせた紳士だった。
 ウニクムは冷やして飲むのが一般的だが、ペーテル氏は常温で飲む事を好んだと言う、冷やしてしまうとせっかくのハーブの香りが引き立たないと言っていたらしい。たしかに常温だと、味も甘さも強く感じる、味が個性的なので好き嫌いは分かれると思うが。85歳で亡くなったペーテル氏の先祖、19世紀を生きたツヴァック創業者のヨージェフは94歳の長寿を全うした、90歳を過ぎてもなお仕事を愛し、記憶は驚くほど衰えなかったらしい。健康を保ち長生きする家系の秘密も、もしかしたらウニクムにあるのかもしれない。
(すずきふみえ・ブダペスト在住)
2014年冬号掲載

月刊 酒文化2014年02月号掲載