廃墟バーと夏のロゼ

 今までに何度かこのコラムに登場したブダペストの「廃墟バー」、何らかの理由で開発がストップした無人の古い集合住宅を、市や投資会社が期間限定で貸し出し、そこに飲み屋がオープンする。ブダペストの築一〇〇年ほどの集合住宅には中庭があり、廃墟バーはそこをガーデンバーとして利用するので暖房設備などが準備できないところでは春から秋のみの営業となる。また、建物内をアートギャラリーやミニシアターなどのイベントルームとして使用するところもあり、アンダーグランドな雰囲気漂うブダペストらしい文化の発信地にもなっている。
 市中心部には、さすがにもう廃墟は見つからないのでは? との予想を見事に裏切って、今年も新しい廃墟バーがオープンした。特に七区ではここ数年、廃墟バーだけでなく、更地を利用したニャーリ・ケルト(夏のガーデンバー)や、新たなカフェやレストランもオープンしていて、今までにないほどの大盛況ぶりだ。七区を横切るカジンチィ通り、廃墟バーの中では老舗と言える「シンプラ・ケルト」のある小道は、ブダペストではめずらしくバーの集まる通りに変化した、週末は飲み屋をはしごする人々が通りに溢れている。廃墟バーと七区に集中しているブダペストのナイトライフは、各国のガイドブックや大手新聞の旅行記事でも紹介されたので、外国からの観光客も多く訪れている、そんな観光客向けのウォーキングツアーも企画されているブダペストの新名所だ。
 今年は六月から七月にかけてユーロ二〇一二(サッカーの欧州選手権)があり、予選で敗退しているハンガリーは出場していなかったが、それでも大いに盛り上がった。バーが大きなフラットスクリーンのテレビを置くのはもはやあたり前、通りに出ているテラス席にもテレビが設置されているし、壁にかけたスクリーンにプロジェクターで試合の映像を映し出すところもある。この時期は九時近くまで明るいブダペスト、屋外にLEDの大きなスクリーンを設置しているところでは、明るい夕方でも鮮明に試合が観戦できたので人気を集めていた。
 グループ予選が終わり、準々決勝がはじまる頃からブダペストに熱波が到来、連日三五度を超える猛暑となり、少しは涼しくなる夜に外出する人がさらに増えた。ビールが飛ぶように売れている、もちろんフルゥッチ(ワインのソーダ割り)を飲む人も多い。年々ロゼの人気上昇を感じてはいたけれども、今年の夏ほどロゼのフルゥッチを飲む人を多く見かける年はない、特に女性向けと言うわけでもなく、男性のグループも飲んでいる。一〇年ほど前にはロゼワイン自体をほとんど見かけなかったブダペストで、じわじわと認知度を上げてきたようだ。炭酸がぴちぴちとはじけるフルゥッチ、氷を一粒入れてもらうとすぐにグラスの外には水滴が浮かぶ、ロゼの軽いフルーティーな香りは爽やかで暑い夏にぴったりだ。
 八月にはオリンピックがある。海のないハンガリー、意外にもウォータースポーツが得意で水泳やカヌーなどで活躍する選手が多い。お家芸は水球、男子はシドニー、アテネ、北京と、なんと三大会連続で金メダルを勝ち取っているので四連覇に大きな期待がかかっている。ユーロ二〇一二のように、決まった時間に連日試合があるわけではないので、飲み屋でどの競技がどのくらい放映されるか予想がつかないのだけど、また街中で飲みながらスポーツ観戦を楽しめる事は間違いないだろう。(すずきふみえ・ブダペスト在住)

月刊 酒文化2012年09月号掲載