定番の白、そして期間限定ブルチャーク

 ビール天国のチェコ、ここそこで美味しい生ビールに簡単にありつけてしまうので、ついついビールばかり飲んでしまうのだが、チェコではワインも生産されている。ワインの需要は年々伸びているようで、プラハ市中心ではモダンなワインバーや専門店を何軒も見かけたし、レストランでは、フランスやイタリアのワインに並んで、国産のチェコワインを豊富に揃えたワインリストが用意されていた。
 チェコのワインと言えば、モラヴィアのワイン。チェコ東部に広がるモラヴィア地方、オーストリアとの国境に接する南部に位置する「南モラヴィア」がチェコワインの里だ。ここのワイン生産地区は、さらに4つに分けられていて、この4地区で生産されるワインは、チェコ国産ワインの90%以上を占めている。チェコでワインの話になると、最初に出る言葉が「モラヴィアのワイン」だったのも納得だ。南モラヴィアの他には、プラハを中心としたボヘミア地方にもワイン生産地が点在している。
 チェコでは白ワインの方が、赤ワインより定評がある。特に女性にとっては白ワインが定番らしい。とあるプラハのカフェ、観光客も訪れる人気店で、ショーケースには様々なケーキが並び、多くの人がコーヒーや紅茶とケーキを楽しんでいる。ゆったりとした昼下がり、ふと見ると、隣に座っているチェコ人の女性客のテーブルには、白ワインの入ったワイングラスが並んでいた。時々、思い出したようにワインを口に運びながら、おしゃべりに花が咲いている。ワインにはビールよりも女性らしいイメージがあるのかもしれない。そして赤より白の印象は軽く、昼間でも気軽に飲めそうだ。滞在中、同じような光景を何度か見かけたのが印象的だった。
 一軒のワインバーに立ち寄って、いくつかのチェコワインをテイスティングしてみた。氷を張ったワインクーラーにはテイスティング用の白ワインが冷やされている。どれも、きりりと軽く、そしてまろやかな印象、女性的なのかもしれないなと感じた。ロゼもあったが、まだまだ少数派らしい、ハンガリーのブダペストでは夏はロゼが流行るが、チェコの女性は定番の白ワインをしっとりと楽しんでいるのだろう。ワインバーの店員によると、近年、赤ワインの質もずいぶんと上がってきたらしい。いつか、南モラヴィアのワイナリーを訪ねてみたいものだ。
 プラハ市内では曜日ごとに別の場所で開かれる、移動型のファーマーズ・マーケットが人気だ。ファーマーズ・マーケットでは生鮮食品はもちろん、チーズやハムなどの加工食品、自家製のパンやクッキーなどの焼き菓子、そして工芸品などを売る店も出る。一軒の出店が ブルチャーク(Burčák)を売っていた、ブドウジュースとワインの中間、発酵途中のぶどう酒だ。軽く発泡していて、甘みもあり飲みやすいが、アルコール分がすでにつくられているので飲み過ぎには注意だ。チェコの法律では8月1日から11月30日まで販売可能なブルチャーク、その場で一杯飲む事も出来るし、ペットボトルに詰めたものを持ち帰る事も出来る。その場合、帰宅途中の時間内でも発酵が進むので、時間がかかる時は、時々ふたを開けてガス抜きが必要らしい。
 チェコとハンガリーの間にある国、スロヴァキアでもブルチャークは夏から秋にかけて出回る、以前このコラムに書いたオーストリアのシュトゥルム(Sturm)も同じ発酵途中のぶどう酒だ、調べるとドイツでも飲まれている。でも、なぜかブダペストでは、この発酵途中を飲む習慣はない。ビール天国からワイン天国へ、酒文化の見えない境界線があるようでおもしろい。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2012年01月号掲載