トルコワイン、そして裏道の苦難

 イスタンブール新市街、地下鉄「テュネル」の駅前からタキシム広場まで伸びるイスティクラール通り、この賑やかな歩行者専用通りのほぼ真ん中あたりに「バルク・パザル(魚市場)」と呼ばれる小道がある、魚屋や八百屋の並ぶ通りで、ムール貝やイカのフライを目の前で揚げていている店や「ミディエ・ドルマ」(ピラフの詰まったムール貝)などがつまめる食堂、そして鮮魚を味わう事の出来るレストランもあり、客引きが声をかけてくる。バルク・パザルから延びる小道、ネヴィザデ通りには、さらにメゼ(前菜)と酒を楽しむ「メイハネ」や飲み屋が連立していて、通りまでテーブルが並べられ、週末の夜などはまるで年末のアメ横のような混み具合になる事もしばしばだ。ここで飲まれている酒はエフェス・ビール、そしてトルコの国民酒とも言える蒸溜酒「ラク」、アニスが香り水で割ると白濁する酒だ。
 近年、イスタンブールではワインの人気も高まっている。もともとブドウ栽培は盛んだったが、大部分は果物や乾物として消費されるかラクになっていた。ワインも生産はされていたけれど、その品質はあまり良くなかった。それでも、10年ほど前から外国からの投資などもあり、その品質は徐々にあがっていて、レストランのワインリストにも国産のワインが載るようになり、新市街にはワインの専門店を見かけるようになって、ワインバーもオープンしている。
 トルコの酒の席にはつまみは欠かせない。例えばラクのアテにまずあがるのはチーズ、トマト、メロンなど、メイハネではもちろん、民族音楽を生演奏で聴かせる酒場などでも、このうちのどれかはたいてい置いてある。ワインは一般市民には比較的新しい酒なので、まだワインに合わせた食文化があるとは言えない、シーフードレストランでディナーを楽しんでいるグループのテーブル、ふと見ると国産の赤ワインのボトルがあった。シーフードに赤ワイン、他の国ではあまり見かけない光景、それでもワインとはこうあるべきとの枠組みにとらわれていない、フリースタイルな姿勢が、新しい食文化を作るのかもしれない。伝統的なトルコ料理ではメゼの種類は豊富だし、フュージョン系の料理も見るようになって、トルコのワインには何が合うのか試行錯誤しているようにも感じる、発展途上には新しい発見があるだろう、トルコワインの今後が楽しみだ。
 さて、イスタンブールでは2年前にレストランやバーなども含めた屋内での喫煙が全面的に禁止となった。どこの店にも地区の定めた罰金の金額が書いてあるポスターが貼ってある。もともと、通りにテーブルを出すのはどこでも見られる光景だったが、禁煙となってから拍車をかけた感もある、通りに出るテーブルの数も増えていた。
 ところが、今年の7月下旬のある午後、市の警察が、新市街のいくつかの裏道で営業していた店が通りに出していたテーブルを一斉に撤去した。近所からの苦情が増えているとう事だが、市から営業許可を取っている店のテラス席も容赦無しに撤去されたらしい。地下鉄「テュネル」の駅前から、イスティクラル通りではなく裏道に入ってみる。もともとカフェやレストラン、メイハネの多い小道だったけど、ここ数年で新しい店がいくつもオープンして賑やかさを増していたところだ。このアスマルメスジット通り周辺もテラス席が撤去されてしまい、一番の稼ぎ時の夏、頭を抱えるオーナーも少なく無い。数日後、レストランのオーナーたちはイスなどを掲げてデモ行進を行った、市とレストラン側とのにらみ合いは当分続きそうだ。(すずきふみえ:ブダペスト在住)                    ■

月刊 酒文化2011年10月号掲載