樽だし新鮮タンク・ビール

 ひさしぶりにチェコ共和国の首都、プラハに行く機会に恵まれた。中欧でも屈指の美しさを誇る街、ゆったりと流れるヴルタヴァ(モルダウ)川、両側の欄干に聖人の像が立ち並ぶカレル橋、橋の東に広がるのは石畳の広場と小道の旧市街、川を挟んで西岸の丘にはプラハ城がそびえ立つ。プラハ城のある丘や、カレル橋のたもとにある塔に上ると、重なり合うオレンジ色の屋根、その合間から伸びる数々の塔と、おとぎ話に出てきそうな美しい街並みが望める。1年中、観光客で賑わう街は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのような、わくわくするような華やかさもある。
 チェコと言えばビール、 国民1人当たりの年間消費量では、ドイツやアイルランドなど、ビールで有名な国々を押さえ堂々の世界一、自他ともに認めるビール大国だ。プラハから西に90キロほどのところには、ピルスナー・ビールの発祥地プルゼニュ(ピルゼン)があり、プラハ市内にも、それこそ星の数ほどのビアホールがある。
 プラハには小規模な醸造所(マイクロ・ブリュワリー)を併設し、地ビールを提供するビアホールもある。数あるビアホールの一軒に足を運んだ、店内には醸造タンクがディスプレイされていて、様々な国のガイドブックにも載っているらしく観光客も多い。この店の特徴は様々な風味のフレーバービール、8種類のビールを100ccずつ楽しめるテイスティングのセットを頼む。まもなくして、小さなグラスに注がれた生ビールが 円形の木製のラックで運ばれてきた、それぞれに説明がついている。見慣れた金色のビール、黒ビールをはじめ、少々濁った黄色のビールはバナナ味、明るい茶色はサワーチェリー味、焦げ茶色のコーヒー味などが続く、異色を放つのは緑色のビール、味はネトルとある、西洋イラクサ、ヨーロッパではハーブの一種だ。香りはそれぞれに、かなりしっかりとついている、バナナのような甘い香りでも、飲み心地はたしかにビール、甘さはほとんど無く、さっぱりと飲めるが、好き嫌いは分かれるところだろう。
 地元の人に人気のあるビアホールでは「タンク・ビール(Tankové pivo)」を売りにしているところも多い。 給水車のようなタンクを持つトラックで、 醸造所からビアホールに作られたタンクへと、 樽だしの生ビールが直接運ばれる。 鮮度が売りのタンク・ビールは、一定量の消費量が確約されたビアホールでしか、販売する権利が得られないそうだ。
 以前、プルゼニュにあるピルスナーの元祖「ピルスナー・ウルケル」の醸造所を見学した事がある。ガイドツアーで醸造所内をめぐった最後の締めくくりは、樽から直接グラスに注がれたビールのテイスティング、適度に冷えた樽だしビールは本当に美味だった。タンク・ビールも醸造所直送の味、しかもプラハ市内で気軽に味わえる。タンク・ビールを置く店は看板や垂れ幕で、大々的にタンク・ビールを宣伝しているし、地元の人は、どの店で、どこの醸造所のタンク・ビールが飲めるかを把握している、そしてどこも、人の絶える事の無い人気店なのだ。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2011年11月号掲載