隠れたワインの里

 中央ヨーロッパに位置するスロヴェニア。西はイタリア、北はオーストリア、東はハンガリー、南はクロアチアと隣接し、南西部の一角はアドリア海にも面している。面積は日本の四国ほどだが、アルプス山脈からアドリア海まで高低差、地形は変化に富み、それぞれの土地で独特の文化がある。そして国土の六六%は森に覆われている。 
 スロヴェニアは素晴らしいワインを生産する国でもある。生産地域は大きく三つ、イタリアに近いプリモルスカ地方、北東部クロアチアと国境を接するポサヴィェ地方、東部のポドラヴィェ地方に分かれていて、その中に一四の生産地区がある。
 私の住んでいるブダペストから首都リュブリャナまでは列車で約九時間、長旅なので、国境を越えて一時間半ほどで到着するプトゥイと言う街で途中下車をした。プトゥイはスロヴェニアで一番古い街で、その歴史は石器時代、そしてローマ帝国時代にさかのぼる。小さな街には中世の趣を残す建物が並び、高台にはプトゥイ城がそびえ立つ。城に登るとハンガリーから続く大平原のゆったりした風景が望め、眼下にはドラヴァ川がゆったりと流れている。観光地ではないだけに、街の古くしっとりとした美しさにちょっと驚いた。
 プトゥイはポドラヴィェ地方のワイン生産地区に入る。列車の車窓からはなだらかな丘にうねるような曲線を描く美しいぶどう畑が見渡せた。この辺りで生産されるワインは九〇%以上が白ワインだ。トラミニやイエローマスカット、リースリングなど、ハンガリーでもおなじみの品種が多い。
 夕方に到着して、一息ついてから街に出た。軽食とワインが飲めればと店を探し、宿の近所にピザ屋を見つけたのでテラス席についた。ピザをデリバリーするためのバイクが出たり入ったりしているふつうのピザ屋だが、メニューを見るとハウスワインが数種類あったので順に試していく。白ワインが多く、軽やかで飲みやすく、どれも夏の夜にぴったりのワインだった。ワインをいろいろと試している私と友人に、隣のテーブルから声がかかる、地元の常連という感じで、ピザ屋なのにピザは頼まず白ワインを飲んでいて、プトゥイの街、ワインや食についていろいろと教えてくれた。白ワインを炭酸水で割ったものは「シュクロペッツ」と呼ぶらしい、でもテーブルワイン以外は炭酸水で割る事はおすすめしないとの事、炭酸水の量もワインよりは少なめだ。
 翌日、街を散歩する。昨夜聞いたスロヴェニアで一番古いというワインセラーは残念ながら日曜日で見学出来なかったが、プトゥイ城で世界最古のワインの品種というぶどうの木を見てきた。プトゥイの南、マリボルに残る「ズャメトフカ」という品種で四〇〇年前からあり、ギネス世界記録にもなっているのだとか。マリボルでは今でもこの品種からワインがつくられている。
 昼食はやはり昨夜すすめられた川沿いのレストランへ。強い日差しが照って、まるで夏のように気温の上がった秋晴れの午後、川沿いのテラスは日曜の昼食をゆっくり楽しんでいる人々の姿がある。大きな丸パンをくりぬいた中に入ったキノコのスープが名物らしい、タコとキノコのサラダなど、山と海があるスロヴェニアらしいメニューも美味。プトゥイでは少数だがロゼワインも生産されていると聞いていたので、レストランおすすめの一本を味わいながら地元の人に倣ってのんびりとした午後を過ごした。(すずきふみえ・ブダペスト在住)

月刊 酒文化2012年12月号掲載