廃墟バーを直撃する冬の嵐

 長い冬の残り半分を消化しているブダペスト、クリスマスに新年と冬のメインイベントも終了して、雨や雪が続きすっきりしない空模様と、毎年この時期は、やや停滞感が感じられるのも否めない、春はまだ先だ。
 このコラムに何度も登場している廃墟バー、そしてケルト(ガーデン)と呼ばれる空き地などを利用したバーは冬期休業中は、もしくは屋内のみで規模を縮小しての営業となる。中には冬の間、廃墟バーの売りでもある中庭の部分を簡易屋根で覆って、暖房器具を設置し、通年営業を可能にしている店もある。それでも、時に氷点下20度になる事もあるブダペストの夜(今年の冬はまだそこまで寒くなっていないのだが)この季節はやはり暖かい屋内に客が集まる。
 数年前から、老舗の廃墟バーを中心に新しい飲み屋が建ち並びはじめ、ブダペストの新名所となった小道「カジンチィ通り」、地元客はもちろん、外国からの観光客も多く訪れていて、その人気は厳寒期になっても続いている。格安航空会社が欧州の各都市からブダペストへ飛行機を飛ばしているので、気軽にブダペストで週末を楽しむ人が増えた。特に、安いアルコールとナイトライフを目当てにくる観光客の間では、カジンチィ通りのある7区はすでに有名だ。
 そのカジンチィ通りの飲み屋に、昨年12月、夜0時以降の営業停止するようにとの通達があった。保守派が占めるハンガリーの議会で力を持つ5区の市長が売春やドラッグが横行して風紀を乱すと判断したのだ。突然の事にカジンチィ通りの店主たちも納得がいかない。カジンチィ通りにはストリップなどの店はなく、ナイトスポットとしてはいたって健全な印象で、むしろカジンチィ通りを『カルチャー通り』と称して、コンサートや演劇などを企画している文化の発信地なのだ。
 ブダペストでは昨年の4月から正式にレストランやカフェなど、屋内での禁煙法が施行された。昨年1月から3月までは試用期間では本当に可能なのかどうか予測がつかなかったが、ふたを開けてみれば、驚くほど速やかに、屋内での禁煙は定着した。暖かければ店の外にでるのは苦にならないだろうが、冬場は厳しい。それでも、氷点下の夜、店先に設置された灰皿にはコートを羽織った喫煙者が群がっている。ブダペスト市民のマナーの良さに感心してしまう。灰皿のまわりで、酔っ払った客同士が盛り上がる事もしばしば、ただでさえ夜間の騒音で絶えず小競り合いが勃発している近所の住民からの圧力は大きくなる。規則を守っている喫煙者が新たな苦情の種になるとはなんとも皮肉な話だ。
 近隣への騒音はカジンチィ通りに限らず、ブダペストの飲み屋が常に抱える問題だ。カジンチィ通りには、店の外では騒がないように看板を掲げて、とある店ではピエロのコスチュームに身を包んだ男性が、通りで大声を出す客にやんわりと声を荒げないように注意を促している。それでも、通りに設置されたゴミ箱は壊され、店から待ちだしたらしいグラスやビール瓶が散らばっている。歌をうたい、奇声をあげるグループもある、そんな羽目を外したパーティーを目的にやって来る外国人もいる。カジンチィ通りは古い集合住宅の並ぶ通りなので、昔から住んでいる住人にとってはここ数年の変化は受け入れにくいだろう。この先、そんな近隣の住民とはうまく折り合いを付けないといけないのは確かだ。それでも、今回の規制は出る杭は打たれる観を強く受ける。ブダペストが生んだユニークでオルタナティブな文化の発展と成功を、行政側は何が気に食わないのか法で締め付けにかかっているように見えてしまう。カジンチィ通りと行政側の交渉はまだ続いている。
(すずきふみえ・ブダペスト在住)
2013年春号掲載

月刊 酒文化2013年07月号掲載