紅色ワイン

 スロヴェニアの首都、リュブリャナ、人口約二八万人の小さな都市、中心をリュブリャニツァ川が流れ、川岸の緑に覆われたこんもりとした丘の上にはリュブリャナ城が建ち街を見下ろしている。街の中心部、旧市街にはバロック様式やアールヌーヴォーの美しい建物が多く残っている。古く情緒ある街並みに、どこか洗練されたモダンな空気が流れているのが、この街のおもしろいとこかもしれない。ちょっと足を伸ばせば、清流に湖、山歩きの楽しめる美しい自然が広がっている。
 バルカン半島の他の町と同様に、カフェやレストランは店の前に必ずと言っていいほどテラス席を出している、暖かくなると店内に席を取る人はほとんどいない。昼下がり、通りかかった一軒のカフェの店先で、男性の二人組が、ワイングラスに入った明るい赤い色のドリンクを飲んでいるのが目に止まった。明るい赤と言っても、ロゼワインのピンク色ではなく、赤ワインの色をちょっと薄めて透明にした感じの鮮やかな色、ワインの炭酸割りとも違う。ワイングラスに入っているのでワインにも見えるが、何かのカクテルなのかな、などと思いながら通り過ぎた。しかしその後、立て続けに何人も同じ色のドリンクを飲んでいるのを見かけ、さすがに興味がわいてきて、コーヒーを飲もうと立寄った一軒の店で飲んでいた客に思わず聞いてみた、「スヴィチェク(Cviček)」と言う名のワインだそうだ。
 のらりくらりと街歩きを楽しんで、地元の人に聞いていたおすすめのワインバーに足を伸ばした。街の中心にある人気店、テラス席は夕方前なのに満席に近い。運良く川沿いにテーブル席が空いたので一息つく。観光客も多いのだろう、ウェイターはスロヴェニアのワインをよく知らないわたしと友人に、丁寧に説明をしてくれる。さっそくスヴィチェクを頼んでみた。ドライでフルーティー、そして少し柔らかな酸味が感じられる、さっぱりとしていて昼下がりの一杯にちょうど良い。
 スヴィチェクは赤ワインのぶどうと白ワインのぶどうをブレンドしてつくるワイン、その割合は赤が七〇%で白が三〇%、そしてアルコール度は通常のワインより低めで八・五%〜最高でも一〇%と決まっているのだと言う、なるほど、軽くて飲みやすかったわけだ、スロヴェニア南部でのみ生産されているご当地ワイン、赤白ブレンドワインはヨーロッパではイタリアのキャンティ以外ではスヴィチェクだけだそうだ。今ではEUの原産地名称保護制度によって、スロヴェニア国内でも、ドレンスカ地方で生産されたブレンドワインしかスヴィチェクと呼ぶ事は出来ない。熟成は見込めないので、若くフレッシュなうちに飲む、しっかりと冷やされた明るい紅色のワインは暑い日にぴったりの飲み心地だ。
 川沿いのワインバーはショップも併設していたので覗いてみた。さほど広くはない店内だが、スロヴェニア国内にある三つのワイン生産地域から集めた品揃えは豊富で、店主はそれぞれの産地の特徴や評判のいいワイナリー、そしてスヴィチェクについても色々と説明をしてくれた。店主の冗談まじりのワイン談議がおもしろく、ついつい長居しながら、おすすめワインを数本購入した。お礼を言って店を出る際「今夜飲むのは赤ワイン? 白ワイン?」と最後に店主に質問をしたら「あ〜、やっぱりビールだな」と返されて、一瞬あっけにとられて大笑い、たしかにスロヴェニアは国産ビール「ラシュコ」も美味しい国だった。
(すずきふみえ・ブダペスト在住)
2013年特別号上掲載

月刊 酒文化2013年07月号掲載