テーブルを巡るツイカの杯

 ルーマニア北部、マラムレシュ地方からの話題。山間に点在する村のひとつに滞在したのは去年六月初めの事、運良く天候に恵まれ、初夏のような暖かい日々、新緑の緑は深まり、辺り一面の自然が輝きを増す美しい季節だった。
 土曜日の朝、友人は、教会のミサにわたしを誘った。マラムレシュ地方には、一七世紀から一八世紀にかけて建造された木造教会がいくつも残っていて、特に古い教会はユネスコの世界遺産にも登録されている。彼女の家の斜向いに建つ教会も、尖った屋根の伝統的なマラムレシュの木造教会だ。ミサに参列する人々が教会に集まり始める、民族衣装に正装した男女数人が、大きな四角いバッグを肩にかけて教会に向かっていくのが見える。バッグの中身はパンだ。
 わたしが参列したミサは去年亡くなった村人の一周忌だった。ミサの途中、祭壇に先ほど教会に持ち込まれたパンが積み上げられた、編み上げの入った大きな丸パンだ。パンの前に司祭達が並び、教会内には祈りの声がコーラスの様に響く。ミサが終わり教会の外に出ると、故人の家族が、参列した人々に甘いパンを振る舞っていた、そしてツイカ(果物の蒸溜酒、もちろん自家製)の入った緑色の瓶を携えた男性数名が参列者の間を行き来している。小さなショットグラスが手渡され、そこにツイカが注がれる。一気に飲み干してグラスを返す、そして、そのグラスは別の人に手渡される、その繰り返し。ちょっと間を置いて、教会の外に出てきた司祭達にも、まず振る舞われたのはツイカだった。
 教会でのミサの後、友人に連れられて村の集会場へ。中に入ると、村人達が三列に並べられた長いテーブルにずらりと座っていた。舞台の上には司祭達のために席が設けられている、ミサの後の食事が用意されていたのだ。宴の始まりは、やはりツイカ。ショットグラスが手渡され、ツイカを一気に飲み干しグラスを返す、そして、そのグラスは隣の人に手渡される。老人や女性など、一気に飲みきれない場合は一口だけでも口を付けてから返杯する、グラスに残ったツイカはツイカを振る舞っている男性が飲み干して、隣にグラスがまわっていく。そして、長テーブルの向こうの端にたどりついたら振り出しに戻る。その繰り返し。
 最初は全部飲んでいたけれど、三、四周目でこんなに速いペースで五〇度を超えるショットをあおっていくのは危険なのではと思い始め、ちょっと口を付けて杯を返していた。その間、ミートボールの入ったチョルバ(酸味の利いたスープ)、そしてサルマーレ(ロールキャベツ)などがテーブルに並んだ。そして宴の終わりには、ミサの祭壇に上っていた大きな丸パンが一人一人に配られた。
 翌日の日曜日、昼頃にたまたま通りかかった集会場から、編み込みの丸パンを抱えた村人達がどっと現れた、どうやら昨日と同じく食事を終えて出てくるところらしい、給仕を手伝っていた友人がわたしたちを見つけて集会所に呼び入れる。そこでは宴を終えたばかりの家族が食事の席についていた。聞くと、この家族の祖母が村出身で、亡くなってから七週目なのでミサがあったのだと言う。七週間と言えば四九日、思いもよらないところに共通点があるものだと感心していると、あっという間にツイカのグラスが手渡された。清めの酒も同じだなと感慨にふける間もなく、飲み干した先からツイカのグラスが舞い戻ってくる。(すずきふみえ・ブダペスト在住)

月刊 酒文化2012年06月号掲載