ブルガリアからトルコ、国境で

 ヨーロッパの東の玄関口ブルガリアから、さらに東を望むと、アジアの西の玄関口トルコに繋がる。ブルガリアの首都ソフィアからイスタンブールへは夜行列車もあるが、便利なのはバスだろう。トルコ、ブルガリア両国とも、いくつものバス会社が、一日に数本の国際バスを運行している。所要時間は10〜12時間で料金も25ユーロ前後(約2800円)と安い。
 国内に数えられないほどのバス会社を持つトルコでは、各社の競争も激しい。ブルガリアへの国際便を運行している、大手のバス会社の夜行バスに乗った事があるのだが、車内はまるで飛行機のような作りになっていて驚いた。リクライニングシートはもちろん、各座席には前の座席の背部にスクリーンが設置されて、バスにアンテナを搭載しているのだろう、テレビ番組が放映されているし、チャンネルを変えると、DVDプレーヤーからの映画上映もある、別のチャンネルでは、バスが進む道の前方の風景が映し出されていた、バスの先頭には小型のカメラがあるのだろう。また、どのバスにも必ず一人はアテンダントがついていて、水やコーラはもちろん、紅茶やコーヒーなどの温かいドリンクやスナック菓子のサービスもある。
 バス、列車とも、一番時間がかかるのは国境だ。入国審査のために下車して、ビザが必要な国からの旅行者は、まずビザを取得するための列に並び、そして入国審査の列に並ぶ。日本からの旅行者はブルガリア、トルコともビザが必要ないので、列に並ぶ時間は比較的少ないが、すべての乗客の審査が終わるまで出発しないので、国境でずいぶんと待たされる事になる。国境では税関の審査もある。数年前、ブルガリアからトルコまで夜行バスに乗ったときの事、夜半過ぎに到着したトルコ側の国境で、バスに積まれたすべての荷物を並べるように指示された。税関の係員がひとつひとつ、荷物の中を調べはじめる、 物価の安いブルガリアからはタバコや酒の密輸が多いのだろう、ヨーロッパでも特に酒類の安いブルガリア、イスラム教徒が大部分を占めるトルコでは値段に数倍の差がある。
 一人の乗客の荷物から、 ウォッカの小瓶が大量に見つかった、もちろん没収されたのだが、驚いた事に、係員たちはその場で小瓶を地面に叩き付けて廃棄しはじめたのだ、見せしめの意味もあるのかもしれない。酒を没収された本人は、そんなに落胆しているように見えなかった、 運良く持ち込めたらいい商売になっただろうけど、リスクを背負っている事を十分承知していたのかもしれない。国境にはまるでショッピングセンターのような豪華な免税店も建てられている。もちろん決められた範囲内なら、タバコも酒も持ち込めるので乗客は最後のショッピングに余念がない。
 去年は夜行列車でブルガリアからトルコへの国境を越えた。寝台車に乗っていたので、夜半過ぎ国境近くで車掌に起こされた。コンパートメントから出ると、そこに一人の男性がいて、横にはレースのカーテンのような生地が置いてあった。眠い目をこすって、ふと見上げた車内の通路に、青いインコが一羽、突然羽ばたいた。通路に置かれた彼の荷物、レースの布にくるまれていたのは色とりどりのインコ、どうやら密輸らしい。男性は国境に到着する直前、携帯電話で連絡を取り合い、列車がスピードを落としたあたりで闇に消えてしまった。
 後日、イスタンブールで、ブルガリアから持ち込まれたのだろう、酒を売る店を見かけた。密輸を失敗することもあれば、運良く持ち込む事に成功する人もいる。ペットの市場に行けばブルガリアから来たインコが売られているだろう。陸路で越える国境、島国で育った日本人には予想も出来ない物資の流通があるらしい。(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2011年08月号掲載