ショプスカ・サラダにはラキア

 先月に続いて、ブルガリアの話。山が多いブルガリアは美しい自然に恵まれた国、初夏になるとバラの花が咲きほこる、ブルガリアのバラは香水の原料としても有名だ。バラの名産地、「バラの谷」とも呼ばれるカザンラクでは、6月の初めに収穫を祝う「バラ祭り」が開かれる。バラからはローズオイルやローズウォーターをはじめ、ローズティーやジャム、そしてリキュールも作られている。バラの谷の近くの村に住むブルガリア人のお宅におじゃました時に、ホームメイドのバラのジャムをごちそうになった事がある、うすいピンク色の花びらのジャムは、柔らかな香りと甘さが調和していて、予想していたより爽やかでやさしい味だった。
 ブルガリア料理は周辺の旧ユーゴ諸国やトルコと共通している料理も多いが、大きな特徴は豚肉がメインに使用されている事だろう。クミンなどのスパイスが利いたひき肉を棒状にまとめてグリルした「ケバプチェ」にも豚肉が使われている。隣国トルコにも「キョフテ」と呼ばれるひき肉のグリルがあるが、イスラム教徒が大多数を占めるトルコでは、当たり前だが豚肉を見かける事はまず無い。中欧ではシュニッツェルと言えば子牛や豚のカツ、一枚の肉をパン粉で揚げたものをイメージするが、そのつもりでレストランで注文して、ナイフを入れた瞬間、ひき肉が出てきて驚いたがある。日本で言えばメンチカツ、おいしかったのだけど、連日のケバプチェに少々疲れて、別の料理が食べたいと思っていたところだったので、ひき肉から逃げられないのかと、思わず笑ってしまうような出来事だった。
 また、ブルガリアではヨーグルトが料理にも多く使われる。ニンニクとハーブの利いたキュウリの冷たいヨーグルトスープ「タラトール」は暑い日でも食の進む料理だ。夏は野菜がびっくりするほどおいしい。塩気の利いたチーズが細かく削られ、スライスしたキュウリとトマトの上にたっぷりと乗った「ショプスカ・サラダ」、ブルガリア料理を代表するこのサラダは、トマトの赤、キュウリの緑、チーズの白と、色も鮮やかで食欲をそそる。そして、味の濃いチーズに負けないほど、トマトとキュウリの味が深いのだ。
 以前、マケドニア出身の友人が、ラキアにはショプスカ・サラダがあうと言っていたが、ブルガリアでもラキアにはショプスカ・サラダと言う組み合わせは定番らしい。とある食堂で隣り合わせたブルガリア人は、ラキアにはショプスカ・サラダ、さらにはビールにはおろしたチーズのふりかかったフライドポテト、ワインにはケバプチェが合うとも言っていた、彼の好みが大いに入っているとは思うのだけれども、冷たい前菜と食前酒となるラキア、そして続くメイン料理をワインで楽しむのは、ブルガリアでは一般的らしい。
 さて、これは余談だが、ブルガリアの人々は、「はい」と答える時に首を左右に振る、そして「いいえ」の時には首が上下に動くので、まるでうなずいているように見える。頭では理解していても、この習慣に慣れるのには時間がかかる。食堂で料理を注文した際にウェイトレスが首を振ると、そのメニューが無いのかと一瞬勘違いしてしまうし、止まっているタクシーに空車かと聞くと、運転手が首を振るのでノーと言われたと思い、別のタクシーを探そうとしてしまったりする。飲み屋で、ラキアを一杯注文して、笑顔で首を左右に振られてもがっかりしないように、ラキアはすぐにテーブルに運ばれてくるだろう。(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2011年07月号掲載