夏の夜、緑の酒

 ヨーロッパの東、バルカン半島に位置するブルガリア。
 ブルガリアの酒と言えば、他の東欧諸国と同じく果物の蒸溜酒「ラキア」だろう、市販のラキアも各種あるが、やはり自家製が一番、自家製にこだわりを持つのも中東欧各国に共通している。他のEU諸国に比べると全般的に物価が安いので、旅行者はビールやラキアの安さにも驚くだろう。また、メルニックなどワインの生産で有名な地域もある。
 ブルガリアの酒でユニークなのはマスティカ、ギリシャのウーゾやトルコのラクと同じくアニスの香りがついた蒸溜酒だ。透明なマスティカも水が加わると白く濁る、ウゾーに比べると、やや甘みが抑えられていて飲みやすい。ブルガリアでは酒と一緒につまみを食べる習慣があるので、飲む席にはグリルした肉、サラダ、フライドポテトや、チーズ、ピクルス、オリーブなども並ぶ。
 去年の夏、五年に一度開かれる民族音楽と踊りのフェスティヴァルに足を運んだ。首都ソフィアから二時間ほどバスに乗ってたどりついた山間の小さな町、町を囲む山の上には、いくつものステージが作られていて、ブルガリア全土から集まったコーラスやダンスのグループが、それぞれの土地に伝わる色とりどりの民族衣装で舞台にあがり、その美しい歌声やダンスを披露していた。
 町の中では小さな川を挟んで両岸には、工芸品や特産のバラ製品、わたあめやドーナツなどを売る屋台などがずらりと並んでいる。肉を焼く煙がモクモクとあがっているテントには行列ができている。これらの軽食を売るテントには、ビールからラキアまでアルコールも各種揃っていて、飲み屋も兼ねている、昼間でもビールが飛ぶように売れているし、夜にはバンドも登場して宴会となり、演奏に合わせて踊りの輪が広がる。陽気な人々は、言葉がほとんど通じない外国からの旅行者のわたしたちにも、その酒の席に加われと、笑顔で声をかけてくる。
 ふと見ると、乾杯をする彼らの手の中のグラスには少し白濁した緑色の液体が入っていた。何を飲んでいるのかと聞くと、マスティカと「メンタ」と呼ばれる甘いミントのリキュールを合わせたのもなのだと言う、夏に飲まれる事が多いブルガリアのカクテルだ。わたしたちも同じものを頼んでみた。アニスとミント、かなり甘いが、その組み合わせは悪くない。
 ふだん、ハンガリーのパーリンカなどの蒸溜酒は、ショットグラスで一気に飲むので、友人はその緑色の液体をごくりと勢い良く飲み干してしまった。それを見た隣の席の人たちは、揃って「ゆっくり飲め」と言うような事を身振り手振りで伝えてくる。案の定、ちょっと経ったら、一気に酔いのまわってきた友人、甘い酒は危険だ。夜の飲み屋テント、各テーブルには肉やポテトなどのつまみが並んでいる。甘く強い酒をちびちびとすすりながら、つまみを時々口に放り込み、ゆっくりと楽しむ、ブルガリア流の夏の夜の宴は夜明けまで続いた。
(すずきふみえ・ブダペスト在住)

月刊 酒文化2011年06月号掲載