飲み屋を探すなら裏通りへ

 ブルガリアからトルコへ、国境を超え、さらに東へ約二五〇キロ、列車、バスともに約三〜四時間ほどでイスタンブールに到着する。イスタンブールはヨーロッパとアジア、二つの大陸にまたがって広がる大都市だ。
 イスタンブールは、黒海とマルマラ海をつなぐボスポラス海峡で、アジア側とヨーロッパ側に分かれている。さらにヨーロッパ側は金角湾を挟んで旧市街と新市街に分かれる、それぞれの街が独特の表情を持っているのも、イスタンブールの大きな魅力だろう。
 アジア側とヨーロッパ側は、両岸を結ぶ大きな橋も架かかっているが、フェリーも市民の重要な足となる。朝晩は海上をいくつものフェリーが行き交っていて、ラッシュアワーの様相を見せる。船上ではチャイ(トルコの紅茶)売りが、透明なグラスに注がれたチャイを銀色のトレイに乗せて乗客の間を売り歩く。潮風を受けながら、モスクの丸屋根とミナレット(尖塔)の重なり合うイスタンブールの街を海から眺める、ほんの数十分ほどでも都会の喧噪から離れた船の上、一息つく一杯のチャイ、安上がりながら何とも贅沢な瞬間だ。
 トルコはイスラム教徒が大部分を占めるがアルコールには寛大だ。屈指の大通りイスティクラール通り周辺の横道、裏道にはアルコールを提供するレストランや飲み屋が連立する小道がいくつもある。ただし、ブティックやレストラン、ファーストフード店の立ち並ぶこの通り、雰囲気も街を歩く人々の服装もヨーロッパのそれとほとんど変わらず、スカーフをかぶる女性も少ないのだけれど、通り沿いにはカフェはあってもアルコールを提供する店を見かけない。飲み屋は表通りではなく、横道を一歩入ったところに集まっている、これもお国柄なのだろう。
 以前、黒海に面した地方都市を訪れた事があるが、ムスリム色の濃くなる都市では、街中でアルコールの飲める店が簡単には見つからなかった。ふらふら歩き回っていると、ひっそりとした裏通りにぽつんとエフェスビールの看板を掲げている店がある、飲み屋のサインだ。夏でも外にテーブルを出してはいない、でも中に入ると意外な事にほぼ満席なほど混んでいた。そして客は街の男性ばかりで少々居心地が悪かった。
 イスティクラール通り周辺の小道でもエフェスビールの看板はアルコールを提供する店のサイン。通りにもテーブルが並べられているので、外で飲む事が出来るし、ビールを飲んでいる女性の姿もめずらしくない。
 ケバブやキョフテなどの食堂もあるが、レストランではない軽食屋は、ほとんどがアルコールを売っていない。週末の夜、混み合う裏通り、肉を焼く香ばしいにおいの漂う一軒のキョフテ屋で、軽く夕食をとろうと、友人たちと通りに出ていたテーブル席についた。渡されたメニューにはもちろんビールは載っていないのだが、飲み物の注文を聞かれたので、一応ビールがあるかと聞いてみるとあると言う。そして、注文を受けたウェイターは顔を上げ、声を張り上げて向かいの飲み屋のウェイターにビールを注文したのだ。生ビールはすぐに向かいの店から運ばれてきた、会計は食事と一緒でいいのだと言う。たぶん、この逆、飲み屋でキョフテやサンドイッチを注文する事も可能に違いない。トルコ人の思いつく融通の利いたサービスに感心しながら、冷たい生ビールと焼きたてのキョフテを楽しんだのであった。
(すずきふみえ・ブダペスト在住)

月刊 酒文化2011年09月号掲載