ホスポダ文化

 前回に続いてプラハでのビール話。チェコではビアホールや居酒屋は「ホスポダ」と呼ばれている。 観光客にも人気の老舗の名店、常連客の集まる地元の飲み屋、マイクロ・ブリュワリーを併設して地ビール(クラフト・ビール)を出すビアホールなど、ホスポダと言っても様々、それぞれの店に独特の雰囲気がある。
 たいていのホスポダでは食事も提供している。定番のチェコ料理が多く、ウトペネツ(溺れた人と言う意味らしい、なんともシニカルな表現!)と言う名の酢漬けソーセージやチーズなど、つまみになりそうな軽食から、ダックや豚の膝関節部分の肉のローストや煮込み料理など、どっしりとした肉料理まで、どこの店もメニューは豊富だ。ビールを飲みながらチェコの伝統料理を楽しみたいのなら、わざわざレストランに行く必要は無いだろう、ホスポダで生ビールを頼んで、庶民的な味をたっぷりと堪能できる。つまみ無しに、何杯ものビールをあおっているチェコ人も見かけるだろう、料理を頼まずにビールだけ飲む事も出来るのがレストランとは違うところと言えるかもしれない。ホスポダは昼間から営業しているので、ランチにも利用できるし、午後に軽く一杯の生ビールで休憩など、カフェ代わりにも使えるので、旅行者にとっても気軽に立ち寄れる便利な場所だ。
 常連客には、それぞれ決まったテーブルがあるホスポダも少なくない、訪れる時間がだいたい決まっている常連客のために「予約席」の札がテーブルに置いてあったりもする。 夕方の早い時間から、常連らしい客が次々に店に来ては、知り合いのいるテーブルについて話し込んでいたり、一人で来た客が、ビールを飲みながら、のんびりと新聞を読んでいたりと、なんともチェコらしい光景が見られる。カフェに人々が集まってくるように、ホスポダにも地元の人々が集う文化があるようだ。
 とある一軒のホスポダへ取材で行った、市中心にある有名店なので、雑誌やガイドブックなどにも紹介されているけど、地元の常連客も集う、昔ながらの雰囲気の漂うホスポダだ。前回、この店に訪れたのは五年以上前になる。夕方の早い時間、店内はすでに混み始めている。見渡すと、壁際のテーブルに、見覚えのある初老の男性たちのグループがあった。彼らは五年前にも同じテーブルで飲んでいたのだった、その風景を撮影させてもらった事を瞬時に思い出した。彼らのテーブルに行って話しかけると満面の笑顔と握手で迎えられた。五年前と同じように、三脚をたて、撮影の準備をするわたしの姿を見て、彼らも、わたしの事を思い出したらしい。ホスポダの日常に、ほんのちょっとだけ出演した気分の夕方だった。
 別の老舗のホスポダのオーナーからは、おもしろい話を聞いた。彼は長年、世界中からの観光客と接してきた経験から得た、それぞれの国の特徴を、彼の著書に記してあるのだという。その中には、もちろん日本からの客も入っていた。彼のとらえた日本人の特徴とはこんな感じ。例えば、日本から国際電話で半年先の予約が入る、某月某日の七時一五分、人数は一八人、食事の注文はグラーシュ一六人分、マス料理を二人分など、細かく注文が入る。そして、半年後、指定された日の七時一五分きっかりに、一八人の日本人が店に現れるのだとか。日本人の几帳面さが恥ずかしいほど伝わってくる逸話に思わず吹き出してしまった。(すずきふみえ・ブダペスト在住)

月刊 酒文化2011年12月号掲載