朝露の香り、花びらのリキュール

 クロアチアの南部、ダルマチア地方には100を超える大小さまざまな島がアドリア海に浮かんでいる。その中のひとつコルチュラ島は、ダルマチア地方の商業の中心となる都市スプリットからはフェリーに乗って約3〜4時間、高速船のカタマランだったら約2時間で到着する。世界中の観光客が訪れるドゥブロヴニクからも車で3時間ほどなので、夏の間はかなり賑やかになる。
 島の人口は約16000人、東西に46km、南北は平均して6〜7kmと細長く伸びた島で、一番高い場所の標高は568mと高低差も大きい。沿岸にはコルチュラ、ヴェラ・ルカ、ブラトなどの町があり、内陸部にはいくつもの村が点在する。早くから歴史に登場する島でもあり、マルコ・ポーロが生まれたとの言い伝えもある。マルコ・ポーロの家だと言われる建物も公開されているし、町にはマルコ・ポーロと名のつくレストランやみやげ物屋が並んでいるけれど、実際にはマルコ・ポーロの生誕地は今でもはっきりしていない。島民もマルコ・ポーロがここで生まれたと言う確証がない事は分かっていて、むしろ遊び心が感じられるほど。それだけ歴史の古い島と言う事は事実だ。
 コルチュラの町には、今でもヴェネチア共和国時代の趣を残した、中世の建物が並ぶ美しい旧市街が残っている。石造りの小さな旧市街、中央にそびえ立つのは聖マルコ教会、旧市街はこの教会を中心に作られていて、いくつもの細い石畳の階段のある小道が延びている、これらの小道を上ったり下りたりと散歩しながら、マルコ・ポーロの時代に思いを馳せるのは楽しい。
 旧市街への入り口となる城門前の広場には朝市が立ち、島でとれる新鮮な野菜が並んでいる。ミネラルウォーターやコカコーラのペットボトルに入った自家製のオリーブオイルも売っている、オリーブオイルはこの島の特産のひとつだ。
 今回わたしが島を訪れたのは5月の初め。春の初めに出る、細長いワイルドアスパラガスは、スプリットの市場ではまだ見かけたけど、島ではもう時期を過ぎたようだった。そのかわりにソラマメが出回っていて、まさに旬らしく、どこのコノバ(ダルマチア地方で食堂やレストランの事、シーフードを提供する店が多い)でもソラマメの前菜が出てきた。まだ若いうちに摘み取ったソラマメは、さやも柔らかいので、そのまま湯がいて豆と一緒に食べる事が出来る。味付けは島産オリーブオイルと塩、とってもシンプルだけど、春のうまみが凝縮されていて本当に美味だった。
 ふと見ると、野菜やオリーブオイルの間に、ビニール袋いっぱいに詰められたピンク色の花びらが並んでいる、バラの花びらだ。島ではバラの花びらを砂糖とグラッパ(もちろん自家製)につけて、「ロザリン」と言う名のバラのリキュールを作るのだと言う。野菜を売っていた男性が、わたしの手のひら一杯にこのバラの花を分けてくれた。小ぶりな明るいピンク色のバラで、ふわりと甘い香りが漂う。なんでもロザリンはこの種類のバラからしか作られないのだとか。
 立寄った一軒のコノバに、このロザリンがあったので味見をした。花びらから抽出された成分がとけ込むのだろう、色は明るい茶色に変化している。その味は、バラの香りから予想していたほど甘くはなかった。グラッパだからアルコール度は高いが、柔らかな飲み心地で、ほのかに市場で手にしたバラの香りがする、5月のさわやかな朝の香りだ。ロザリンは島に伝わるクルミのフィリングがつまった「クラシュン」と言う焼き菓子や「ロジャタ」と呼ばれるカスタードプディングには欠かせないリキュールなのだと教えてもらった。この続きは、次回に。
(すずきふみえ・ブダペスト在住)
2013年夏号掲載

月刊 酒文化2013年07月号掲載