赤と白のぶどうが結ばれたワイン

 クロアチアの南部、アドリア海に浮かぶコルチュラ島には、1人の女性が切り盛りしている伝統菓子の店がある。売られているお菓子は6種類だけの限定で、彼女の家に伝わる秘伝のレシピだ。使われる材料も、クルミやアーモンド、レモンやオレンジなど島でとれるものばかり。バラの花びらのリキュール、「ロザリン」を使った「クラシュン」もある、もちろん「ロザリン」はこの女性が仕込んだ自家製、白い生地の中に詰まったクルミのフィリング(詰め物)の隠し味となる。
 彼女の店は春から秋にかけてのみオープンしている。冬の間は仕込みに忙しい。島でとれるレモンやオレンジの皮を砂糖に漬け込んで保存し、ジャムを煮る。レモンやオレンジはすべて彼女の庭や近所の庭の木に実る無農薬のものを使用。レモンやオレンジの皮を剥くだけでも大仕事で、その量は500kg以上にもなるのだとか。口に入れるとほろっと崩れて、レモンとオレンジがほのかに香る焼き菓子「ツカリン」は、「プロシェク」というワインに浸して食べると、より美味しくなると教えてもらった。
 「プロシェク」とは島で作られる甘いデザートワイン。1軒のワイナリーで試飲した時に、干しぶどうの状態になるまで待って、糖度の上がったぶどうを収穫して仕込んだワインと教えてもらった。どこのワイナリーでも話題に上ったのが名称の「プロシェク」について。偶然なのだが、イタリアのスパークリングワイン「プロセッコ」に酷似しているのだ。クロアチアは今年の7月にEU加盟する。イタリアの「プロセッコ」と言う名称は、すでにEUの原産地名称保護制度で保護されているので、問題になった場合は「プロシェク」の名称を変更しなければならないかもしれない。今までにも、例えば「トカイ」と名のつくワインは、ハンガリーとスロヴァキアの一部で生産される貴腐ワインに限定され、イタリアではトカイというぶどう品種の名称をワインに使用する事が禁止された経緯がある。消費者側としては紛らわしい名称ははっきりとさせてもらいたいと思うだろうが、伝統的な名称を使用できなくなるのは生産者側には打撃だし、なにより愛着のある名前を手放すのは納得がいかないだろう、非常に難しい問題だ。
 コルチュラ島はワインの生産地としても有名だ。「ポシップ(Posip)」という品種の白ワインは島のちょっと内陸に入ったところにある村、スモクヴィツァが原産。「ポシップ」はクロアチア国内に流通していて、スーパーマーケットなどでは1リットリ入りと、通常のワインよりも少々太めなワインボトルに入って棚に並んでいる。炭酸水で白ワインを割った「ゲミシュト」にもちょうど良く、気軽に楽しめる手頃なテーブルワインのイメージだったが、今回いくつかのワイナリーを訪ねる機会に恵まれて、かなり上質な「ポシップ」も味わう事が出来た。
 もうひとつ、島で生産されている特有の品種が「グルク(Grk)」だ。グルクにはドライ、ビターと言う意味があるらしい、その名前通りきりっとした辛口の白ワインだ。グルクは雌花しか持たないので、交配させるために、畑にはグルクを2列、赤ワインとなる品種プラヴァツを1列と交互に植えているのだという。「畑で白と赤のぶどうが結婚して生まれるワインだよ」と、目の前に広がるぶどう畑を眺めながら、ワイン農家の人が笑顔で言う。太陽の光をたっぷり受けて祝福されたワインだなと思いながら、島の味をゆっくりと楽しんだ。
(すずきふみえ・ブダペスト在住)
2013年秋号掲載

月刊 酒文化2013年08月号掲載