小熊のフルゥッチ

 暑い日には、カフェやレストランのテラスでは大きなグラスに注がれたレモネードを飲んでいる人をよく見かける。自家製のレモネードはここ数年の静かなブームで、春が来ると多くの店がメニューに載せる。レモネードと言っても、オレンジジュースのような色のレモネードもあれば、ライムや生のミントがたっぷり入ったレモネードがあったりと、店ごとに味が違う。もちろん、レモネードにウォッカなどを追加してカクテルにすることも出来る。
 果物のシロップのソーダ割りはハンガリーの家庭で昔から飲まれている。代表的なのはラズベリーのシロップ。瓶入りのものが売られていて、炭酸水で割るだけだから、日本で言えばカルピスのような感じ。ちょっと前まで、ブダペストでは昔ながらの食堂でしか見かけなかったけど、最近ではそのレトロ感が受けるのだろう、レストランやカフェでも見かけるようになった。
 友人との待ち合わせに立寄った一軒の飲み屋、意外にも混んでいて、入り口を入ってすぐのカウンターにしか空席が残っていなかった。ちょっとすると、奥の部屋からはアコースティックなバンドの生演奏が聞こえてくる、ミュージシャンの友人達なのだろう、学生のような若い客が次々と集まってくる。ブダペストのバーではサービスが無く、カウンターで直接ドリンクを買って席につくセルフサービスの店も多い。若い男性がカウンターに来てドリンクを買っては、ライブに来ていた女性客達に運んでいた。最初はロゼワインのフルゥッチ(炭酸水割り)かと思って気に留めなかったのだが、よく見てみると、ロゼのピンク色ではなく、もっと赤みのかかったドリンクだった。カウンターでひっきりなしにサーブしていた女性の手がやっと止まったところで、あの赤いドリンクは何なのかを聞いてみたら「マチ・フルゥッチ」だと教えてくれた。小熊のフルッゥチ? 意外な答えに、その中身を聞くと通常のワインのフルゥッチにラズベリーシロップを加えたドリンクだと言う、なるほど女の子の好みそうな味、そしてネーミングだ。そう言えば、夏のポーランド、クラクフの街では、女の子達がカフェのテラスでラズベリーシロップの入ったビールをストローで飲んでいた。
 ハンガリーでよく飲まれるもうひとつのシロップはエルダーフラワー(ニワトコの花)だ。春先に咲く、白い小さな花がたくさんついた花弁を砂糖水に漬け込んで作るシロップ、これもここ数年、カフェでふつうに見かけるようになった。どこか白ぶどうのような花の香りとほのかな甘さ、レモンを入れてソーダで割ると、暑い昼下がりにほっと一息のつける最高のドリンクになる。
 街中にあるレストランが並ぶ広場の人気の店、いっぱいでレストランの中にあるバーで待つ事にした。軽く一杯と思ってメニューを見ると、ハンガリー産のスパークリングワインを使ったカクテルがある、ひとつはフレッシュ・ストロベリー、もうひとつはエルダーフラワー、食前酒にはちょうどいいと思いエルダーフラワー味を頼んでみる。そして目の前で冷えたシャンパングラスに注がれたカクテルは、きりっとした花の香りのするさわやかなアペリティフだった。高級ではないスパークリングワインは、かえってこういう遊びが出来て楽しい事を知る。ラズベリーにエルダーフラワー、ハンガリーのレトロな風味をカクテルに、悪くないアイディアだ。
(すずきふみえ・ブダペスト在住)
2013年特別号下掲載

月刊 酒文化2013年10月号掲載