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粕取焼酎の仕立て直し
杜の蔵でも昭和四〇年代の中頃までは、焼酎は粕取焼酎を中心に製造していた。かつては純粕と呼ばれる一〇〇%粕取焼酎であったが、酒粕量が足りなくなる中で、希釈用にもろみ取り焼酎造りも始める。粕取焼酎独特の風味が生きればよいので、ブレンドに使う焼酎の原料はなんでもよかったという。最初は希釈用の焼酎を二割程度入れたものが登場し、後に半々のブレンド比率にまで下がり、これを「粕製」と称した。さらに時代が下がると、粕取焼酎が二割程度でもろみ取り焼酎八割のものが登場しデラックスと呼ばれるようになり、最後の頃には粕取焼酎のブレンド比率は三%程度のものがよく売れていた。なぜそんなことが可能であったかと言えば、粕取焼酎の風味がそれほど強かったからである。スコッチウイスキーのブレンドでアイラモルト等の強い個性のものは、ほんの少量しか使わないが、必ず入れないと味が変わってしまうという話とよく似ている。
もろみ取りの焼酎が筑後地区でも主流になり始めたのは、昭和四〇年代の後半以降のことだ。それまでは、甘藷、麦、米などいろいろな原料で焼酎を造っていたが、この地区の焼酎はすべて最終的には粕取焼酎にブレンドされて、粕取風味の製品になっていたのである。
このように論を進めると、なぜ粕取焼酎が市場から存在感をなくしていったのか、理由がわかりにくいかもしれない。ここで述べた変化は、原料不足と独特の風味が若い世代に受け入れられないことに対する苦肉の策なのであった。
そうして、同地区で最後の粕取焼酎メーカーになった杜の蔵では、なんとか粕取焼酎の伝統を生かしたいと考え抜くことになる。
「粕取焼酎は毎年造っていましたが、時代と共に造り方も少しずつ変わってきました。そのことを考えるようになったのは、お年寄りの『昔の粕取焼酎はうまかった、特に梅焼酎には粕取りが一番』というひと言でした。最後の粕取焼酎専業蔵(常陸山醸造元)の経営者であった塚本さんが亡くなった時のことです。その後、常陸山の製造を引き継いだ九州進醸も粕取焼酎をやめてしまうことになり、当社が製造・販売を引き継ぎました。
この時に粕取焼酎を自分の代で途絶えさせるわけにはいかないという責任を感じ、売れる粕取焼酎の研究を始めました。味覚の淡麗化が進む中で、ヘビーな粕取焼酎では広く受け入れられるのは難しいですから、淡麗・フルーティなものを狙って、減圧蒸留を採用した酒粕焼酎『吟香露』を発売したのです。おかげさまでヒット商品となり、とりあえず酒粕の焼酎を残すことには成功しました」(森永社長)
「吟香露」のヒットで酒粕原料の焼酎の復権には成功したが、次に課題となったのは、もっとも伝統的な製法による粕取焼酎を現代に生き残らせることであった。
原料の酒粕は鮮度が命
杜の蔵では、一回に蒸留する規模を大きくした形での伝統的な粕取焼酎が、古式蒸留常陸山のブランドで製造販売されている。飲用のものとは別に梅酒用と銘打ったものがあり、粕取焼酎で造る昔ながらの梅酒は三年くらいの熟成が必要だが、通常のものよりもコクがありとてもおいしいと評判だという。しかし、より昔の方式に近いものを造りたいという気持ちが常にあった。そんな時、偶然古い銅製の兜釜と腐蝕した木製の蒸籠が発見される。兜釜は蒸留器の冷却部分である。そして、このプロジェクトは動き出した。文献などから桶の仕様を確認し、蒸籠は忠実に原形どおり再現して、一昨年から古式製法に則った蒸留が始まったのである。
実際には昔の工程をそのまま再現しただけではなく、現代の微生物管理の技術も駆使されている。また原料の酒粕の品質が違う。使われているのはすべて純米酒の酒粕である。そして、酒粕をもう一度よく発酵させて、もろみにするという方式を取り入れている。さらに原料の酒粕の鮮度にとても気を使っている。
「酒粕焼酎は酒粕の鮮度が命です。酒粕の中にはバクテリアの大好きなものがたくさん含まれています。だから放置すると雑菌が繁殖する可能性が高いのです。まして当社の場合には、酒粕を再発酵させるので、ここに雑菌が入っては味を大きく損ねてしまいます。だから清酒を搾ったその日のうちに酒粕はもろみに仕込みます。考え方としては、清酒のもろみを清酒と固体に分けて、固体はもう一度もろみに戻すという感じですね」(社長) |
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