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現場と研究所の二人三脚 |
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いも焼酎を造る上で一番気を遣うのが麹から醪を作る工程のようだ。そこまでいもを処理する部分が、穀類に比べると変化に富んでいて難しいらしい。久保杜氏は、「まず、いもは、どうしても個体差があります。なるべく均質なものを揃えたとしても、他の穀類のようにはいかない。そして、収穫の時期によってもでんぷん価や糖分の比率が変わってきます。細かく言えば、九月の仕込みと一〇月の仕込みでは、もう醪作りの時の時間が変わってきます。だから、一回ずつ気を配る必要があるのです。いも焼酎を終えて麦や米の焼酎を仕込む時になるとほっとします」と言う。
また、他の原料に比べると保存が難しいという問題もあるようだ。いくら冷蔵保存してもどうしても劣化してしまう。だから、収穫して工場に入って来たいもを、できるだけ短い日数の間に仕込んでしまう必要があるのだ。この辺りが、いも焼酎造りが四季蒸留にできないもっとも大きな理由なのであろう。
従って労務上も季節雇用を中心にせざるを得ない。鮫島常務は「できれば、蔵人は社員となっても、杜氏さんだけは専門職として残っていて欲しい。泊まり込みで二四時間体制で働かざるを得ない製造現場は、サラリーマンで勤まるものではない」と語っている。今でも久保杜氏は、ただ一人で明治蔵の中にある部屋で寝起きして九カ月の焼酎造りを行っているのである。
その後、車で一〇分ほどの火の神工場へ向かった。「さつま白波」などを生産する主力工場である。こちらの大型工場でも、いもの仕分けはやはり人間の手作業で行われている。杜氏は久保逸男氏(六五才)で、同じく黒瀬町の出身である。
ここでは杜氏以外にも、季節採用の一〇名弱の蔵人が泊まり込みで入っている。先年、台風の際に、醪作りの真っ最中の夜中に停電して工場が孤立したが、蔵人総出でピンチをしのいだそうだ。「こういう非常の時は、通いの社員だけでは、とても対応できなかっただろう」と浦口修一工場長は話してくれた。
醪の管理が難しく、一回ずつ変化のあるいも焼酎造りだが、同社では、なるべく教科書的なものを作って一般化しようと努力している。長年培われた、杜氏の経験と勘、それに研究室で開発する新しい技術、これらをうまく融合させることで、薩摩酒造は二一世紀を迎えようとしているのである。
鹿児島の食文化と密接に結びついたいも焼酎は、確かに味や香りのくせが強い。しかしそれがお湯割りになると、独特の風味と甘さの味わいを奏でる。焼酎として他の原料のものと一緒に考えるよりも、「いも焼酎」という独立したカテゴリーの商品と捉えてもよさそうだ。
酒を地域や民族との関わりなどから「文化の酒」と「文明の酒」に分けるとすれば、原料農産物の強い影響を受け、産地特性がはっきりしているいも焼酎は、ワインと並ぶ文化の酒である。文化の酒は他者への伝播、普及にどうしても時間がかかる。しかし、個性がはっきりしているほど、ひとたび理解されれば根強いのも確かである。いも焼酎が今後普及していく上では、その周辺情報の広がりがもっと必要なのではないかと感じた次第である。
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| お酒の四季報(1998年冬号) |
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