日本酒を知りたい気持ち

 じわじわと、しかし確実に、日本酒がアメリカのメインストリームに受け入れられるようになってきた。そのことはメジャーな新聞や雑誌でどれだけ日本酒が話題になっているかを見てみればわかる。
 数年前から僕は日本酒に関する記事をできるだけ保存するようにしている。その注目度が本格的になってきたのは約一年前、NYタイムスに記事が載って以来じゃないかと僕は思っている。二〇〇四年の夏、「Sake Takes It's Place By The Reds」というタイトルでNYタイムスのフードページの冒頭に日本酒の記事が載ったのだ。同紙は全米中、いや世界中の人々に読まれている新聞だ。これは大きなインパクトがあった。
 先に挙げたタイトルの意味は「日本酒が赤ワインの横に位置している」、つまり日本食以外のレストランでも、ワインリストに日本酒が載るようになったということだ。記事の内容は日本酒の技術的なことよりも、ニューヨークのどこで美味い日本酒が飲めるのか、手に入る銘柄は何か、そして人々はどのように日本酒を楽しんでいるかということに着目していた。ラベルがわかりづらいという問題点も指摘してあったが、とにかく高名な新聞が日本酒を大々的に取り上げたことに大きな意味があった。
 その後メジャーな新聞が次々と日本酒を取り上げた。八月にLAタイムスが「The Sake Sensation」と題して記事を掲載。内容もつっこんだもので長い記事だった。技術的な用語の説明の他にも、本醸造・純米酒・吟醸酒などタイプ別にどう楽しむとよいか、また探したいお勧め銘柄や、レストランの紹介もしていた。日本酒度にまで話が及んでいたのには正直驚かされた。特によかったのは記者が読者に「用語におびえずに」、「ただ飲んでみよう」と語りかけていたことだ。記事のしめくくりにはこう書いてあった―「日本酒のすべてを知らなくても、とにかく飲んでみよう。そのうまさの謎は解き明かされるのを待っている」と。
 九月にはサンフランシスコ・クロニカルが同様に長い日本酒の記事を扱った。この記事も用語やタイプの説明をしていたが、なんといってもワイン好きに訴えるように書かれていたのが特徴だった。いくつかの銘柄がワインのように紹介されていたのが印象的だった。
 そして今年三月、NYタイムスが旅行ページで「酒ツーリズム」を扱った。アメリカではワイナリーを訪ねる旅が人気だ。だから担当記者は日本でも酒蔵訪問の旅はさぞ人気があるに違いない、と思ったらしい。日本ではそれほど大々的に行われていないことを知ると残念がっていたが、それでも情報を集めて、日本酒を訪ねる旅を提案することに成功していた。この月にはワイン雑誌のトップとも言われている「Wine Spectator」の日本酒の特集もあった。そこでは全米の日本食ではないレストランで、既存のメニューに合わせて日本酒が飲まれているということを大きく取り上げていた。
 今年の夏には「Food and Wine」という人気雑誌が寿司やアジア料理の特集を組んだ。他にもNYタイムスで炉ばた焼きを大きく扱ったりと、直接日本酒の記事ではなくても、それに結びつくような記事が目につく。
 さらに記事の数が増えただけではなく、内容のレベルや質も向上している。人々はただ飲むだけでなく、日本酒を「知りたがっている」。そしてこの波はまだ動き出したばかりだ。日本酒は奥が深い。まだまだ語るべきことは山のようにあるのだ。
(ジョン・ゴントナー:日本酒ジャーナリスト)

月刊 酒文化2005年12月号掲載