忘れかけていた酒規制

 今年もゴールデンウィークから三週間ほど、日本酒の販売促進ツアーのためにアメリカへ行ってきた。フロリダ州へ入った晩のこと、特に仕事が入っていなかったので僕は寝る前にビールでも飲もうかと、近くの酒屋へ出かけていった。
 まだ僕が十代だった頃は、一八歳から飲んでもよいという州もあったけれど、今ではほとんどの州で二一歳という飲酒年齢が法律で定められており、酒屋やバーでアルコールを販売する前に、年齢確認のためIDを調べることは当たり前に行われている。アメリカで一般的にIDと言えば、もっともポピュラーなのは車の免許だ。だから見た目が二一歳に見えない人物がアルコールを買おうとする場合、店員は必ず「免許を見せてくれ」と言う。
 これが徹底して行われている理由は、もし未成年者にアルコールを売ったことが発覚した場合、日本では想像もつかないほど厳しい処置が下されるからだ。州によって度合いは変わってくるが、小売店であれバーであれ、まずは相当な罰金が科せられる。それからアルコールの販売免許が取り消される場合もある。それは店にとってビジネスの破綻、万事休す。だから皆とても厳しく、慎重にならざるを得ないのである。
 疑わしきは調べよということであるが、最近では店側もヤケになっているのか「六五歳に見えない人は全員IDを調べます」と看板を掲げているところもある。中には「EVERYONE」と白髪の老人にまで強気に迫る店も。と、笑い話のようだがこれは現実の話なのである。
 で、ビールを買いにいった時のこと、僕よりずっと年上の経営者がIDを提示するように言った。僕は今四三歳、正直言って頭には白髪も見え隠れしている。どこからどう見たって二一の若者には見えない風貌だ。だから最初はIDと言われてちょっと嬉しい気もしたのだが、数秒後にはこの店はどんな人物でもチェックすることに気がついた。僕のとまどいを見て、経営者は微笑みながら「うちでは必ずしてるのさ」と言った。そして店を出ると、そこには大学のキャンパス。道理で厳しいはずだ。
 他にも人気のあるバーやライブハウスの入り口で大きな筋肉の盛り上がった人が立っているのも、大学の近くでよく見られる光景だ。彼らはただIDを確認するためだけに雇われている。そういった場所では未成年者にアルコールを売るだけでなく、未成年者を店内に入れただけでも法律違反になるのだ。飲まないから、と言ったって通用しない。警察はときにはおとり捜査まで行って未成年者が紛れこんでいないか調べている。居酒屋でも大人はアルコール、子供はジュースで楽しく家族と過ごせる日本とはまるで別世界なのだ。
 年齢確認がそこまで徹底して行われているのなら、アメリカには決して存在しないものが何か、すぐおわかりになるだろう。そう、アメリカにはお酒の自動販売機が存在しないのである。昔、友人たちがパーティの余興でソーダの自動販売機を改造してビールの販売機を作ったとき、僕はなんて面白いアイディアなんだと心底感心していた。それが日本へ来てみたら、現実の世界のここかしこで実在している。そのときの僕の驚きぶりったら!
 アメリカのアルコール飲料に対する法律の厳しさはよく知られている。卸段階、小売り段階、そして消費の場においても。今回のツアーに出るまで、僕はその馬鹿馬鹿しいほどの厳しさをほとんど忘れかけていた。
(ジョン・ゴントナー:日本酒ジャーナリスト)

月刊 酒文化2005年08月号掲載