買物の醍醐味は掘出し物探しにあり

 アメリカに住んでいて何が最もエキサイティングかというと、ベストプライスを提供している店を発見することだ。正価はあってないようなもの。あまり大きな声ではいえないが、高級品になればなるほど、価格交渉ができる。実際に、五番街の超高級店で、100万円以上する腕時計を、ペアーで買うからといって30万円以上まけさせたり、ルイヴィトンの直営店でハンドバッグの値引きをしてもらったりしたこともある(ちなみに、高級時計を買ったのは筆者ではなく、東京からのお客様だが)。
 書き出すときりがないので、このくらいにしておくが、新聞の日曜版に折り込まれたチラシのクーポンを切り取って、ダブルクーポン(割引額を2倍にしてくれる)の日に近くのスーパーに持っていき、これみよがしに生活必需品を買い溜めるのが、一種のストレス解消になっている。
 流通業界では、筆者のような客を“チェリー・ピッカー”と呼ぶ。サクランボというとなんだか可愛しく聞こえるが、特売品しか買わない、がめつい客のことである。根がしまり屋なので、安いものは何でも好きだが、俗にいう“エブリデー・ロー・プライス”は苦手というか、すぐに飽きるということに気づいた。
 少し前、マンハッタンに、トレーダージョーズの安売りワインショップがオープンしたことを書いた。開店まもないころ、1本3ドルのシャルドネと、カベルネソービニヨンを1ケースずつ買い、柄にもなく友人知人に大盤振る舞いしたことがあった。1ケースといっても、税込みで4,000円ちょっと。2ケース買っても、1万円でおつりがくる。が、その後、結局飽きてしまった。チェリー・ピッカーは、安ければ何でもいいというわけではなく、掘り出し物が好きなのだ。
 先週、取材でサンフランシスコから、州都のサクラメントまで車を走らせた。その途中、噂に聞いた“ウィンコ”という安売り店のサインが見えたので、慌てて高速をおりた。社員が共同経営している私企業で、店の数は約50店と聞いた。倉庫型の食品スーパーで、大きさは3,000坪強。早速価格を比較してみると、安いわ安いわ。TVで宣伝しているナショナルブランド商品が、他店の3割引きから4割引き。さすがのウォルマートもこれでは適わないだろう。
 それだけ安ければ、通路が汚れていたり、売場が荒れていたりしてもしようがないと思うのは、この店を知らない人である。ウィンコの床はぴっかぴか。商品管理も行き届いて、品切れも一切ない。おまけに、中南米系店員のはにかんだ笑顔がサービスでついてくる。ニューヨークでは、何十ドル払ってもこんな素朴な笑顔で笑いかけられることはないだろう。
 感心したのは、リカー売場でちゃんとクロスマーチャンダイジングを行っていること。特大のタバスコ瓶やカクテルミックスが多いのには驚いたが、ソーダ類や調味料、付け合わせ、さらにはグラスやトレイまでが陳列されている。地域密着型の品揃えも素晴らしいが、筆者を感動させたのは、ハイ&ローの価格政策を採用していたこと。ウィンコでは、掘り出し物探しの大興奮までサービスでついてくるのだ。
(たんのあけみ:食コラムニスト、ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2006年11月号掲載