生き残りをかける独立経営店

オースティンに行ってきた。テキサス州の州都オースティンは、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びている急成長都市である(全米第八位)。何しろ、過去二〇年間に人口が二倍に増えたというのだから、都市が円滑に機能していること自体驚異だ。現在、人口は六八万人。都市圏の人口は、一五五万人と発表されている。
 流入しているのは、IT関連の職に就いている若い家族。というのも、オースティン郊外のラウンドロックには、デルの本部があるからである。いま米国では、オースティンのようにIT人口の流入が著しい市場を狙って、我先にと出店を急ぐ小売業者が多い。オースティンでも、この数年の間に、驚くほどの急ピッチで様々な小売店が開店した。なかでも一際精彩を放っているのが、オーガニックスーパーのホールフーズだ。昨年本社のすぐ側に作られた旗艦店は、「食のワンダーランド」と言っても大げさでないほど、アミューズメント性やエンターテインメント性をもった素晴らしいスーパーである。
 オースティンには、もう一店、食通を対象としたグルメストア、セントラルマーケットがある。商品構成、生鮮の品質、顧客サービスと、どれをとっても甲乙つけがたい、非常にインパクトのある食品店だ。
 さらにダウンタウンから二〇分ほど北上したラウンドロックには、同市場のドンとも言えるHEBのGMS業態、HEBプラスがある。
 この三店に共通するのは、それぞれがコンセプトのしっかりしたワイン売場を持っていて、それが青果や持ち帰りフード、グルメチーズ売場と連動して、実にエキサイティングで食欲をそそる売場環境を作り上げていることだ。
 その一画に、グレープヴァインマーケットが酒類専門店を出したのは九八年のこと。セントラルマーケット出身のワインマネジャーが、三人の友人と一緒に夢の店を作った。テーマは、「ワインに関係したすべての商品が揃っている店」。五〇〇坪強のスタイリッシュな店内には、七五〇〇SKUのワインとテーブルトップ、食品、ギフトが陳列されており、空調付きの葉巻ルームまで設けられている。グルメチーズやキャビアを置くワインショップは他にもあるが、ここには教室とカフェも併設されている。クラスは週に三回から四回開設されており、ワインやリカーの講座だけでなく、チーズやキャビアのクラスも設けている。
 残念なのは、テキサスでは、店内での試飲が許可されていないこと。従ってここのバイヤーは、酒の味見はできても、それを飲み込むことはできない規則になっている。もちろん、店内で試飲会を開くときは、いちいちお役所に申請書を提出してお伺いをたてなければならない。おまけに一回一オンス(三○ml)という分量まで決められている。
 オースティンでは、スーパーセンターやスーパーターゲット、会員制クラブのコストコでも、大きなワイン売場を設けている。同市場の独立経営店の対チェーン売上比は二%足らず。ほとんどの家族経営の酒販店が閉店した後も、グレープヴァインは、巨大チェーンと伍して営業を続け、市民が選ぶ人気店の堂々一位にランクされている。生残りの秘訣はと聞くと、涼しい眼をした若い店長は、「顧客サービスですね。顧客を知り尽くすこと。宅配も仕出しも他がやらないことは何でもします。価格は一○〜一五%引き。何よりも欲張らないこと」と答えてくれた。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2006年12月号掲載