ヴァージン・アメリカな体験

 アメリカでは国内出張でも時差があったりするので、その調整が厄介である。東から西に飛ぶときは、半日得をするが、帰ってくるときは丸一日つぶれてしまうので、何となく損をした気分になる。同時多発テロ以降、空港での防犯チェックが厳重になったのはいいが、朝のピーク時だと、手荷物検査だけに軽く一時間はかかる。それを見越して出発時間に合わせようと思ったら、その三時間前に自宅を出なければならない。
 先月、就航まもないヴァージン・アメリカ機に乗る機会があった。“ラグジュリアスな空の旅をエコノミー価格で”をキャッチフレーズに、アメリカに乗り込んできた英国のディスカウント航空会社だ。ホームページには、白いレザー張りのシートに真っ赤なクッションがおかれたおしゃれな写真が紹介されていた。乗ってみたら、それはファーストクラス座席だった。しかし、紫がかった“ムード照明”は、エコノミーも同じ。目に優しいというが、薄暗くてラウンジかバーのような雰囲気だ。
 ビジネス・トラベラーとしては、エコノミー席にもコンピュータ用の電源や、USBポートがついているのは願ってもないサービス。驚いたのは、九インチのインタラクティブ・スクリーンである。ライバル航空会社のジェットブルー機の国内便にもスクリーンがついているが、ここのはインタラクティブときている。わかりやすく言うと、好きな映画や音楽だけでなく、飲み物や食べ物まで個別に注文できるのだ。
 米国の航空会社が、エコノミー客に機内食を提供しなくなってから久しい。全路線ではないが、中には水しか出さない路線もある。その代わりに、機内でサンドイッチやプリパックのサラダを販売するようになった。利用客にとって無料のサービスが、有料になることほど腹立たしいことはない。とはいえ、移動中の客には、レストランでゆっくり食事を楽しむ時間的余裕もないので、否応なしに有料機内食に頼ることになる。
 他の航空会社であれば、笑顔はファーストクラスの特典、と信じて疑わない無愛想なスチュワーデスが、駅弁販売員よろしく、「チキン・サンドイッチはいかが? 七面鳥のサラダもありますよ」と注文を取りに歩く。が、最新技術を搭載したヴァージン・アメリカ機では、料理もタッチスクリーンでオーダーできるのだ。もちろん、飲み物もである。ソフトドリンクは無料。スクリーンに並んだ写真をタッチして、数量を選べばOKだ。アルコール飲料は、ビール、ウォッカ、ワインが揃っていて、一杯6ドルから8ドル。支払いは、スクリーンについたカードリーダーに、クレジットカードを読み込ませるだけ。注文を入れると、ものの3分もたたないうちに、くだんのスチュワーデスが、ドリンクを持ってしずしずやってくるという具合だ。これは、すこぶる便利なサービスである。
 が、ゲームと酒ですっかりハイになった頃、思いもしないハプニングが起きた。突如としてスクリーンに、「24番席にお座りの方が、お客様との機内チャットを希望されています。リクエストに応じられますか?」と出てきたのである。おそらくその客は、誰彼なくチャットに誘っていたのだろうが、思わぬ闖入者に面食らってしまった。この国では、酒場で男客が、バーテンダーに指示して、見知らぬ女客に酒をおごることがよくあるが、これからは機内のタッチスクリーンで、気に入った女客に酒をおごることができるようになったということか。いやはや。
(たんのあけみ:食コラムニスト、ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2007年11月号掲載