ワインを飲んでコミュニティ貢献

 映画スターのポール・ニューマンが、来春、カリフォルニア産のカベルネソービニョンとシャルドネを売り出すことになった。ポール・ニューマンといえば、ロバート・レッドフォードと共演した『明日に向かって撃て』(69年)や、『スティング』(73年)で、味のある役を演じた役者だ。正統派二枚目のレッドフォードより、彼の演じる世慣れた遊び人風男の、茶目っけたっぷりな蒼い瞳に惹かれた。彼が、数々の映画ファンに惜しまれながら、記憶力の衰えを理由に正式に映画界からの引退を表明したのはこの7月のこと。その往年のスターが、4ヶ月後、2本のワインを掲げて、再びファンの前に戻ってきた。映画人生には終止符を打っても、ワイン人生に終わりはない、ということである。
 映画監督やその他の著名人が、ワイナリーを経営することは今に始まったことではない。一昔前、この国の経済界を動かしていた人々は、「成功したら映画を作ってみたい」と口々に語っていた。実際に、金融街出身の投資家が出資した映画が何本も封を切られた時代があった。それがいつの頃からか、誰もが「夢はワイナリーを経営すること」と言い出した。ちょっとした映画でも、数十億、数百億の製作費がかかるようになってからのことである。
 数限りないアメリカ人が、一度は夢見るという映画作りとワインづくり。歴史に残る名作を作り、自分自身のワインまで出せたコッポラ監督や彼は、双方の夢をかなえられた数少ない果報者ということになる。映画やワインづくりに続いて、レストラン経営も皆が憧れるアメリカン・ドリームのひとつ。映画俳優のロバート・デ・ニーロなども、トレンディなレストランを何店も経営して大きな成功を収めている。実はポール・ニューマンも、何年か前に、オーガニック食材のみを使った料理店をオープンしている。それどころか、プロのレーサーとして、ルマンの24四時間レースで第二位獲得という華々しい経歴をもった人物でもある。
 凡人であれば何ひとつかなわなかった大きな夢を幾つも実現したポール・ニューマンだが、彼がアメリカの社会でこれほどまでに愛され、尊敬されている理由が他にもある。過去四半世紀に渡って、彼が続けてきた貧しい子供たちへの貢献だ。
 25年前、コネチカット州の小さな町で、「ニューマンズ・オウン」という自然食品工場が創業した。創業者のひとりは、人気スターのポール・ニューマン。製造していたのは、古いガラスのワインボトルに入った自家製サラダドレッシングだけ。カウボーイハットを被った彼の似顔絵が描かれたラベルには、「収益金はすべて慈善団体に寄付します」と書かれていた。それが奏功したのか、年に1,200ドルも売れれば上出来と考えていた商品が、6,000ドルも売れてしまったのである。
 以来「ニューマンズ・オウン」は、200億円以上のお金を世界中の恵まれない子供たちに寄付してきた。商品ラインも、パスタソースからレモネードまで拡大した。数年前には、娘さんが担当していたオーガニック食品部門を独立させ、そこから様々なオーガニック食品を世に送り出している。来春発売のワインには、そのラベルが貼られることになる。もちろん、収益はすべて寄付される。    
 「パスタソースからドレッシングまでディナーに必要なものはすべて揃った。あとはワインだけ」─発売に際して、そう往年の大スターは語ったそうだが、またあの茶目っけたっぷりな瞳で、ウィンクを送ってきただろうことは想像に難くない。
(たんのあけみ:食コラムニスト、ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2008年01月号掲載