パンチ・リバイバル

 子供の頃、米国の家庭ドラマを見て育った私は、ホームパーティに必ず出てくるパンチに憧れた。大きなガラスのボウルに入ったパンチは、とてつもなく甘く美味しい飲み物に見えた。だから、大人たちがなぜそれを飲んで酔っ払うのか、それが不思議でならなかった。
 渡米して初めてホームパーティに招かれたとき、パンチが出された。バーボンにレモンの絞り汁、パイナップルジュース、炭酸を混ぜあわせた自家製パンチを飲んだ時、その飲みやすさに驚くと同時に、どうして彼らが酔っ払ったのかがわかった。その後パンチを振舞われたのは、一度だけ。米国人の興味は、ワインや輸入クラフトビール等に移行し、パンチはおばあちゃんたちが集まるパーティの定番アイテムになった。
 それが二、三年ほど前、凄腕のミクソロジストが頑張っていると評判のバーで、新メニューにパンチボウルが紹介されると、それが飛び火して、瞬く間にトレンディなカクテルに早変わりした。レシピは、古典的なものを現代風にアレンジしたものが多い。ターゲット層は、二〇〜三〇代。パンチを知らない親世代(ベビーブーマー)を飛び越えて、パンチが蘇ったと言ってもいい。
 パンチボウルの特長は、まずアイ・キャッチーであること。隣のテーブルで、六、七人の客が顔を付き合わせ、わいわい騒ぎながら、洗面器大のボウルからストローでパンチを飲んでいたら、誰でも一度は試したくもなるものだ。無論エンターテインメント要素も見逃せない。初めて顔を合わせた者同士でも、すぐに打ち解けることは間違いない。
 三つ目に挙げられるのは、経済的だということ。ボウルの大きさにもよるが、四〜六人であれば、各自が少なくとも二杯は楽しめて、価格は三八〜四三ドル。一杯当り四〜五ドルの計算になる。きょうびちょっとしたバーでも、小瓶のビールが六〜八ドルはするから、かなりお買い得だ。ちなみに、パンチをカップ売りしているバーもある(一杯五ドル)。
 店側にしてみれば、大人数のグループがやってきた時に、パンチボウルがあれば、個別のカクテルを作る手間や時間が省けるという利点がある。初めは、一品か二品、試験的にパンチを出す店が多かったが、最近は人気が出てきたせいか、五品以上メニューに載せている店もある。無論、すべてオリジナルレシピだ。
 今年の夏、ニューヨークでは、パンチボウルとビアガーデンが大流行した。この二つに共通するのは、価格の安さとコミューナル(相席)テーブルだ。どちらも、複数の客がひとつのテーブルを囲んで酒を酌み交わす。台湾や韓国では、大皿に盛られた巨大アイスクリームやデザートを出す店が人気だ。客はその大きさに興奮して、わいわい騒ぎながらみんなでひとつの皿を平らげる。パンチにもそれとよく似た良さがある。
 現代人の生活に情報テクノロジーが侵入してからというもの、ネット世代と言われる若者たちは、目に見えない相手とネットで対戦したり、情報交換することはあっても、友人や家族とひとつの料理や飲み物を分かち合って楽しむことをしなくなった。これはその反動とも言える。
 パンチの歴史を紐解くと、インドが英国の植民地だった一七世紀の頃同国で発明された飲み物だという説がある。パンチは、ヒンズー語の「五」から付けられた呼び名だというのだ。その証拠に、パンチは、強さ(酒)、弱さ(水)、甘さ(砂糖)、酸味(柑橘類)、香辛料から作られているというのだが真偽は誰も知らない。(たんのあけみ・NY在住)

月刊 酒文化2011年12月号掲載