シュッシェン

 前号に引き続きブルターニュの島で暮らしているが、バカンスもあと10日ばかりと残り少なくなった。この地方は、日本海を思わせる荒々しい海に囲まれた地域だ。タラソテラピー、豊富な魚介類、寒すぎるのでワインはないが、シードルはもちろん、リンゴのブランデーであるランビック(Lambig)、趣向を凝らした多種類のセルヴォワーズ(cervoise)と呼ばれるビールでも有名だ。今回、発見したのは、シュシェン(Chouchen)。イドロメル(hydromel)と呼ばれる蜂蜜酒のブルトン版だ。1921年法で、イドロメルと呼ばれるのは蜂蜜と水だけで醸造された酒と定められた。これに対して、ブルターニュならではのシュッシェンは蜂蜜にリンゴジュースを、シュフェール(chufere)はシードルを加えて発酵させるところが、違いである。
 蜂蜜酒は青銅器時代から作られており、紀元前350年、アリストテレスによる製法の記述が残っている。ローマ時代には媚薬効果があると信じられていたため、新婚カップルに蜂蜜酒を飲まして1ヶ月間閉じ込めるというのが、ハネムーンの由来であることは周知のことだろう。ブルトン人の祖先であるケルト人の伝統では、シュッシェンは神々の酒、ビールは兵士の酒とされているため、今でもどちらかというと高貴なイメージがある飲み物である。ワグナーのオペラ「ヴァルキューレ」では、半神であるヴァルキューレたちが、角に蜂蜜酒を満たして飲む優雅な場面がある。
 ブルターニュ地方では、主食であるクレープの原料そば粉の生産が盛んだ。そのため、シュシェンにもそばの蜂蜜を用いることが多かった。食用の蜂蜜を取り除いた後、蜂の巣のみならず、幼虫から死んだ蜂までをつぶして水と混ぜ、リンゴジュースやシードルを加えたものを発酵させていた。蜂の毒もときには混ざっており、毒にあたると平衡感覚を失い後ろ向きに転倒すると言われている。しかし、毒が混ざっていれば発酵しないという説もあれば、発酵は殺菌作用があるので毒が効くはずはないという説もあるので、真偽のほどは不確かである。
 家庭では、気付け薬として、風邪をひいたり疲れたときに飲む。アペリチフとして冷たくして飲む場合は、味を薄めないために氷は入れない。夏場は、ポルトーのようにメロンに入れたりすることもあれば、真冬はシードルと蜂蜜とランビックを混ぜて暖めて飲むフリップ(flip)ように、熱くして飲むこともある。農業・漁業人口が多い地域なので、寒い日に屋外で重労働した後に好まれる酒だ。現在は、どのスーパーマーケットでも店頭に並んでいるが、ブルターニュの人々は香辛料を自分の好みで加えて自宅で作ることが多いということだ。
 ベースとなるイドロメルの作り方を記すが、もちろん、水の代わりにシードルを入れたり、リンゴジュースを混ぜることもでき、その場合はイーストを加える必要はない。蜂蜜6kg(シュッシェンの約3分の1にあたる量の蜂蜜)・水15l・ショウガの粉25g・カルダモン15g・カネル15g・市販のイースト少々。まず、蜂蜜を煮てアクを掬い出し、水、ショウガ、カルダモン、カネルを加える。4分の1の分量になるまで煮続け、その後、自然に冷ます。イーストを加え半日間寝かす。木樽に入れ冷蔵庫で2週間冷やした後、ガラスの瓶に入れかえ、カーヴで2ヶ月寝かす。
 写真にあるのはMelmor。ブルトン語で「海の蜜」という意味で、海辺のヨウ素が多い土壌で作られていることをアピールしたネーミングだ。オーク樽で6ヶ月寝かせたシュシェンで14度。実際に海水を加えたものもあるということだが、シュシェンを基にしたビールもある。ワインが育たない土地柄でも、酒のアイデアは無限のようだ。(なつき:パリ在住)

月刊 酒文化2011年10月号掲載