ハイパーマーケット「ルクレール」のワイン市

 フランスで初めて「ワイン市」を開催したハイパーマーケット、「ルクレール」の創始者エドワール・ルクレールが、今秋、亡くなった。
 例年、一〇月初頭にフランス各地のハイパーマーケットで開かれるワイン市。ハイパーマーケットならではの広い売場を活かした品数の豊富さはもちろん、一流ワインを割安に買うことができる見逃せない機会だ。ワイン通を自認する人々にとっても、今や、ハイパーマーケットでワインを選ぶことは邪道ではなくなっている
 一九四九年、ブルターニュ地方ランデルノー市に資本金わずか五〇〇〇フラン(七七〇ユーロ)で開店した第一号店から六四年たった今、フランスだけでも六八六店、その他イタリア、ポーランド、ポルトガルにも進出するフランス一のハイパーマーケットに成長した。
 問屋を介せずに製造業者から直接買い取る方式で、客に食料品を安く販売し、小売店からは猛烈な抗議を受けたが、同時に、ショッピングカートを利用するセルフサービス、集中レジ方式を始めるなど、新しい試みをどんどん取り入れた人でもある。
 もうひとつの大きな功績は、トップ・レベルのワインをハイパーマーケットで売るという大胆なチャレンジに成功したことである。一九六〇年代、ワインはカーヴィストのところで買うものであり、ハイパーマーケットで販売されるワインというのは安い価格の低品質のものばかりであった。そんな時代に、ブドウを生産しない、ゆえに競争相手がいない地域であるブルターニュ地方で、高品質のワインを扱うワイン市を始め、自社のソムリエによるデグスタシオンをオルガナイズして人気を博した。そして一九七〇年代初頭、不景気に悩むボルドーのワイン生産者たちから妥当な卸値で在庫を買い取り、ほかのカーヴィストより安い価格で高級ワインを売りさばくことに成功した。「ルクレール」のワイン市はフランス全国、ボルドーやブルゴーニュといった味にうるさい人々が住む地域にも広がった。
 一九八〇年代、「ルクレール」はボルドー・ワインの販売に関してはトップにのしあがる。以前はビール、ジュースと隣り合わせに陳列されていたワインだが、一九九〇年来、独自の売場を占めるようになった。落ち着いたライテイング、カーヴに似たインテリア、ほかのアルコール類との対比を強調することで、ワインにある特殊な座を与えた。ソムリエやワイン醸造の知識をもった販売員を配置する店舗が増えた。二〇一一年、市場の二〇%を占め、国内総売上数八億六〇〇万本のうち一億四四〇〇万本を売った。今や、ハイパーマーケットで五〇ユーロの高級ワインを購入する人を見かけることはめずらしくなくなった。
 一九八八年からは、息子のミッシェル=エドワール・ルクレールが「ルクレール」の社長に任命された。大企業の社長といえば、理工系の難関エコールポリテクニック、経営大学院、といった履歴をもつ人々が多いフランスだが、ルクレール二代目は文科系出身である。経済学博士号をもち、青春時代には哲学にも熱中し、大学で教鞭を執っていた経験もある変わり種。その経験もあってか、ワインと本を比較して語ることができる教養ある人物として尊敬を集めている。「僅かな金額で、底知れないバラエティーに富んだ世界を発掘できるのは、ワインと本だけ。」と言い、ハイパーマーケットの安かろう悪かろうというイメージを一掃することに成功した。(ぷらどなつき・パリ在住)

月刊 酒文化2012年12月号掲載