コルシカ島の酒いろいろ

 この夏、念願のコルシカ島でバカンスを過ごした。ハイ・シーズンから少し時期をはずして、九月半ばから二週間を島南部、フランスの最南端にあたる地域で過ごした。日中はカラリとしたほど良い暑さ、夏の間中、太陽に照らされた海はまだ暖かく、泳ぐにはもってこいの時期だった。しかし、トルコブルーの海が広がる白浜で、県庁所在地であるアジャクシオで今年一七件目になる暗殺事件があったとのニュースを聞いた。コルシカ島は、暗殺事件の多さではイタリアのシシリア島をしのぐヨーロッパ一であり、フランス国内で、市長、知事などの政府代表者がもっとも多く殺される県である。フランス南部だけではなく、アフリカ、南アメリカ諸国までにも強い影響力をもっているマフィアの拠点地だからだ。ユニオン・コルスと呼ばれ、アメリカ合衆国政府当局からもマークされているそうだ。
 当然、首都パリでは、コルシカ島と聞くと「マフィア」と想像してしまうくらいその印象は悪いが、実は、おいしいアルコールも多い、美食家や美飲家にも楽しい地域である。
 以前書いたことがある、かつての主食である栗から醸造するコルシカ島産ビールPietra(ピエトラ)は、かなりの勢いで流行っているようだった。夕方のバーでテーブルの上に並んでいる缶瓶のほとんどがピエトラ。そのほか二〇〇三年からアジャクシオ市近くで醸造されている新しいビール、TORRA(トッラ)もある。これはコルシカ島ならではの香り高い灌木の香りを主調にしたもの。TORRAの琥珀ビールであるBiera Ambrataはミルトとよばれる香草の実から作られている。日本語ではギンバイカといわれているが、コルシカ島、サルデーニュ島、シシリア島など地中海地方に多い灌木の一種だ。コルシカ島の灌木はマキと呼ばれ香り高いことで名高いが、田舎道を歩いていると、タイム、カレープラント、ミルト、ラヴェンダーの香りにむせるようだった。
 そのほか、生粋のコルシカ島人である友人が飲んでいたのはCap Corse(カップ・コルス)。いちばんポピュラーなのはマテイ社のものでキニーネの原料であるキナ入りヴァン・キュイで、オレンジの薄切りと一緒に出てくるフルーティーなアペリチフだ。一八七二年から製造されていて、ポルト酒のようにメロンに入れて、あるいはムール貝と、肉料理に使われることもある。
 氷を入れて食後に飲むミルトや栗のリキュール、とくにレモンをベースとしたリモンチェッロ、(コルシカ語ではlimoncelluリモンチェルという)も忘れられない。八個から一〇個のレモンの外皮(白い部分は入れない)を九〇度のアルコールに入れて二週間から一ヶ月浸しておく。一リットルの水を沸かして、八〇〇gの砂糖を少しずつ加えてシロップを作る。レモンの外皮を取り除いた後、アルコールとシロップを混ぜ、最低一週間は冷蔵庫で寝かせてできあがりという、家庭でも作れる簡単なものだ。友人は「だからよく庭のレモンを盗られるのよね」とぼやいていた。
 そのほか、二〇〇三年からウィスキーP&Mも発売されている。前出のPietraのビールを同じくコルシカ島のMavela蒸留所で蒸留したもので、一〇〇%島で生産されP&Mと名付けられた。パリのミシュラン二つ星レストラン「ル・サンク」のリストに載っており、サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティションでも銅メダルを受賞しているから、前途有望だ。
(ぷらどなつき・パリ在住)
2013年特別号下掲載

月刊 酒文化2013年10月号掲載