キャンティ・クラシッコのトレーサビリティ

 欧州でも食の安全性を確保することが最重要課題のひとつとなっている。欧州連合(EU)は2000年ごろから、そのためにさまざまな施策を強化してきた。「農場から食卓まで」という総合的なアプローチによって、食品すべてを厳格なる安全基準で管理する対象としている。特にBSE(狂牛病)や鳥インフルエンザ問題のような顕在化している危険や、将来、生じる可能性があるリスクについては厳しい。遺伝子組み換え食品や飼料の安全性、有機農法に関する規定などについても活発な議論が続けられていて、クローズアップされたのがトレーサビリティ(追跡可能性)である。日本でもよく目にするようになった言葉だが、その目的は食品の安全を確保するために栽培・飼育から収穫、加工、流通などの過程を明確にすることである。
 世界屈指のワイン生産国イタリアでは、トレーサビリティはワインにおいても厳しく言われ始めている。背景には安全性を高めることと、そうすることで高品質を保証するためのシステムとして機能させようという狙いがあるようだ。最近はイタリアのワイン生産者が率先してこの体制を整備している。
 たとえば日本でもファンが多いトスカーナ州のキャンティ・クラシッコ。このワインは、インターネットや携帯電話を利用したトレーサビリティ・システムの運用を開始して、消費者に正確な情報を与え始めた。携帯電話からある電話番号にアクセスして、ボトルのワインラベルにあるコード番号と瓶の形をSMS(日本でいうショートメール)送信する。そうすると数秒で携帯電話に返事のメッセージが入ってきて、ワインの生産年、生産者、生産ロット番号、熟成期間、瓶詰め日付、アルコール度、酸度などのさまざまな詳しい生産情報を確認することができるのである。このシステムでは、2004年以降に生産されたワインが対象となっており、約4,000万本ものキャンティワインの情報を検索できる。しかもイタリア語でのサービスだけでなく、英語やドイツ語でも利用でき、もちろん海外からもアクセスすることが可能だ。
 キャンティ・クラシッコの製造会社協会・保護組合ガッロ・ネーロが開発したこのシステムの情報は、同協会のホームページ(http://www.chianticlassico.com)でも検索できる(トレーサビリティは現在イタリア語のみ対応。他の情報は英語でも提供されている)。ここから入手できるのは個々の商品情報だけではない。個々の生産者の情報、ブドウ畑の様子やどのようなワインをつくっているのかなども見ることができる。キャンティ・クラシッコ全体の情報も充実している。現在はキャンティ・クラシッコのブドウ畑は1万haあり、2007年の生産量は28万ヘクトリットルで年々拡大しつつあるとか、そのうちイタリア国内で消費されるのは27%にすぎず、残りの30%はアメリカ、10%がドイツ、9%は英国に輸出されているなどがわかる。ちなみに日本に輸出されているキャンティ・クラシッコは総生産量の5%を占めている。
 このワインのトレーサビリティの監視システムは、消費者からすれば、品質基準を明確にした安心・安全で本物のワインであること、原材料や製法にこだわった高品質の商品であることを保証するありがたいものである。
 一方、生産者にとっては、安全性を訴求するというだけでなく、最近よく見かける偽物や偽装表示など、ブランドの信用を失墜させるような悪意ある行為を排除するという役割も期待できる。まじめで意欲的な生産者に、さらに高品質なワインづくりを促すという見方もある。システム導入には経済的負担が増えるだけでなく、ワインづくりの各段階で新たな作業が発生したりもするだろう。それでも、しっかりしたトレーサビリティの仕組みが、大きな販促効果を発揮し、取り組む価値があるということだ。
 今後、益々、トレーサビリティは高い精度を要求されるであろう。また、企業にはトレーサビリティへの取組を有効に活用して行こうという考えも広まっていくのではないだろうか。
(シエイラ・ラシッドギル:コラムニスト、ローマ在住)

月刊 酒文化2008年04月号掲載