イタリアにおける日本酒の認知

 さて、最近全世界で盛り上がっている和食ブーム。ということは海外で日本酒の時代が到来中か。今年開催されたミラノ万博開催中は、和食と日本酒に関するイベントも多かった。その際に、酒全般が好きなソムリエ、ワイン商人、一般の人と話をする機会が多くあり、さまざまな試飲会を通じて、現地で日本酒がどのくらい浸透しているか推し量ることができた。正直に言えばイタリアではミラノやローマなどの大都市ですら、「まだまだ、じわりじわり」というところだ。まずなかなかおいしい日本酒に出会う機会がないのだ。和食レストランは増えているが、9割以上が日本人ではない方の経営で、出される料理の一部は日本人が見ればびっくりするほど和食からはかけ離れている。白酒(中国の蒸溜酒)が「sake」と言って提供されていることもよくある。小さい猪口やぐい呑みはショットグラスに見えるからかもしれない。
 普通のイタリア人がsakeと聞いて思い浮かべるのは、中華料理店を食べ終わったときにサービスで出してくるアルコール度の高い酒だ。食事の後に飲む甘いお酒と誤解している人も多い。これでは日本酒が浸透しないのも仕方がないだろう。
 また、イタリアはワイン王国なのでレストランではワインが当たり前である。「イタリアンに合わせて日本酒を!」 という粋な発想にはまだまだ遠い。
 それでも日本を訪れる外国人が増え、おいしい食事を体験して本物の日本食の需要が拡大しているのは確かだ。おいしい日本酒に出会ったことがある人は、その素晴らしさを知っている。万博の際にミラノやローマで開催された日本酒イベントで、初めて日本酒を口にした人に印象を聞くと、「想像と違ったわ。こんなによい香りを持ち、味わいも滑らかだと知らなかった!」という反応が多かった。
 ヨーロッパは香りの文化が日本より浸透していると言われるが、ひょっとすると日本酒の香りの豊かさを評価するかもしれない。ワインを飲み慣れていることもあり、香りについての意識、香りの捉え方、酒の味わいから合う料理の選び方などの知見も経験は豊富だ。日本酒に対して独自のアイデアが出てくるかもしれない。
 日本酒造組合中央会は数か月前、ホームページに日本酒に関する基礎知識をイタリア語で掲載した。とてもわかりやすい内容だと思う。イタリアで受け入れられるためには、このように丁寧に説明し、イベントや試飲会を通じて日本酒を実際に口にする機会を増やすことが大切だ。そうしなければいつまでたっても、日本酒は東洋のエキゾチックなリキュールと思われたままだろう。器は猪口かグラスか、燗か冷やか、和食に合わせるかイタリアンにするかなど、紹介の仕方で議論できる点は多いが、第一歩はイタリア人に知ってもらうことだ。
 その後で、イタリアでも盛んになってきたソムリエ資格教室に日本酒講座をつくったり、ワインやウイスキーのように一般向けの日本酒教室を開催したり、イタリアンレストランで日本酒を試すタイアップメニューを企画したりするのがいいだろう。
 たった一度でもおいしい日本酒に出会えたら、印象はガラリと変わる。早い機会に、たくさんの人に、その香りや奥行きのある味わい、料理との相性の幅広さを知ってほしい。日本酒はワインのように楽しめるのだと、イタリア人にわかってもらえたらいいなと思う。
(しえいららしっどぎる・ローマ在住) 
2016年冬号掲載

月刊 酒文化2016年02月号掲載