爆弾酒の喜びと恐怖

 韓国の酒文化を語るには「爆弾酒」ははずせない。韓国帰りのビジネスマンなどが持ち帰り、東京の赤坂や新宿などのコリアンタウン、各地のコリアンバーなどでもやっているといい、日本でも結構知られていると聞く。伝統文化ではないが、現代韓国人を知るには欠かせない韓国の酒文化だ。
 爆弾酒とは、簡単に言えばビールにウイスキーを混ぜて飲む酒のことである。これは相当にきつい。ぼくも一九九〇年代半ばころまでは大いにつきあったが、六〇を越した近年は控えるようにしている。それでも韓国の要人との席で回ってくれば断るわけにはいかない。日本男児として引き下がるわけにはいかない。つい無理して五、六発は引き受ける。
 一九七〇年代から韓国暮らしを続けているぼくの経験でいえば爆弾酒の歴史は比較的新しい。手っ取り早く酔うため進駐米軍から始まったという説もあるが、韓国で一般化したのは一九八〇年代以降だ。その背景には高級酒のウイスキーの普及と、軍人主導の全斗煥政権(一九八〇〜八八年)の登場がある。
 爆弾酒はウイスキーを「原料」にするため庶民向きではない。酒自体にもパワーがあるが、主に韓国社会のパワーエリートの間で広がった。軍人、検事、政治家、高級官僚、企業幹部などのほかそれにぶらさがるジャーナリストなど。彼らは爆弾酒をやることで自らの社会的パワーを確認する。そして「男らしさ」の誇示。つまり爆弾酒とは韓国社会の権威主義文化の象徴というわけだ。
 しかし近年、軍や政官界などでは「改革風潮」もあって自粛の傾向にある。そんな中でマスコミ界だけは依然、盛んである。どこの国でも新聞記者は意外に古くさい。
 ところで爆弾酒にはいろんな種類がある。ビールの入ったコップにウイスキーを注いだ小さなショットグラスを落としこみ、そのまま(ショットグラスがはいったまま)一気飲みするというのが基本だが、意外なバリエーションがある。
 たとえばぼくの好きな「竜巻酒」。ビールにウイスキーだけを注ぎ、ティッシュでコップの口を包み、それを上からワシつかみにして一、二回激しくシェイクする。するとコップの中のビールが泡立ち、その泡が竜巻のように逆三角錐状に巻き上がる。そして拍手喝采の中で一気に飲み干す。その後、濡れたティッシュをまるめて「エイヤッ!」と部屋の壁に投げつけると、これが壁に見事にベタッとへばりつく。また拍手喝采……。
 あるいは「タイタニック酒」。ビールを注いだコップに空のショットグラスを浮かし、順番に少しずつウイスキーをグラスに注いでいく。ウイスキーが一杯になり最後の一滴でグラスを沈没させた者が、罰として一気飲みをさせられる。沈没するので「タイタニック酒」。
 こんな爆弾酒の作り方が八〇種類もあると、図解入りの本を書いた知り合いの韓国人記者がいる。日本で出版したいと相談されたが、首を傾げてそのままになっている。
 というわけで韓国で記者活動を続けるには相当の覚悟と体力がいる。在韓二三年になるさすがのぼくも最近は爆弾酒の「小型化」と「軍縮」を主張している。コップのビールが意外に曲者なのでビールの量を減らすことと、全員一発だけという回数制限だ。そして爆弾が予想される夕は、行きつけの薬局で「対応薬」を飲んでから出陣となる。韓国人との酒は面白いけれどしんどい。
(くろだかつひろ:産経新聞ソウル支局長)

月刊 酒文化2005年08月号掲載