酒にも精力信仰

 昨年末、鹿児島県の指宿市で日韓首脳会談があった。鹿児島といえば焼酎だ。晩餐会の際、焼酎談義が行われ、小泉首相が地元の有名焼酎だといって「森以蔵」を紹介し盧武鉉大統領ともども味わった。小泉首相いわく「この酒は森喜朗さん(元首相、日韓議連会長)がえらくお気に入りでしてねえ」……。
 以前、韓国の済州島で日韓首脳会談が行われた時も酒の話が出た。金泳三大統領が橋本首相に地元の酒を紹介し「会談を機にこの酒を?ハシモト酒?と名づけたい」といい、ひとしきり話題になった。
 この済州島の酒は「オメギ酒」といい、粟の一種である「もち粟」で出来ている。首脳会談は一〇年以上前のことで、今や済州島に行っても「ハシモト酒」など覚えている人はほとんどいないが「オメギ酒」はそれなりにPRになった。
 韓国では近年、「土俗酒」とか「民俗酒」といって各地で地酒の開発が盛んだ。一種の村おこし、町おこしだ。その地方で昔から?自家製?で作られていたものを、商品化して全国に売り出している。今はなくなり、あるいは古文献にあるものを復元するといった試みも行われている。
 韓国の酒といえば「真露(ジルロ)」に象徴される甘ったるい合成酒(?)や、保存の効かない濁酒の「マッコルリ」が代表的だがこれではバラエティに欠ける。その意味では「土俗酒」の登場はありがたい。
 このところぼくのお気に入りの「土俗酒」は「ポクブンジャジュ」だ。漢字で書くと「覆盆子酒」となるが、山イチゴを原料にした果実酒である。真っ赤な色をしていてかなり甘い。全羅北道の高敞を中心に禅雲山あたりがその産地になっている。
 この酒の人気の秘密は「覆盆子」という名前にある。「覆」は「覆る」だが「盆子」とは部屋で用を足す時に使う「しびん(尿瓶)」を意味する。つまりこの酒を飲むとしきりに尿意を催すため「しびん」がいっぱいになりひっくり返るというのだ。尿意とは下の方が刺激されるということだから、あちらの方にも効果があるということになる。
 韓国男性は食についても酒についても?精力信仰?が強い。これまで「ポクブンジャジュ」はごく一部にしか知られていなかったが、名前の秘密が伝わるに及んで人気上昇となり、ソウルあたりでは最も人気の「土俗酒」となっている。
 ただぼくの個人体験でいえば、下の方の効果は定かでない。それにこの酒は白磁系の杯で飲むケースが多いのだが、飲んだ後、白い杯に真っ赤な飲み跡がつくのが気になるというか、面白い。ドラキュラを連想してしまうからだ。しかし「血」を連想すればどこか強精につながる?
 赤い酒といえば全羅南道・珍島の「ホンジュ(紅酒)」もある。製造過程で「紫草」を使うので赤みがかかった色が出る。こいつは色はいいが四〇度以上のかなりきつい焼酎なのでちょっと手が出にくい。
 ぼくのお気に入りでいえば、もうひとつ全羅北道の全州の名物になっている「イガンジュ(梨薑酒)」もいい。二五度ほどの焼酎だが、名前からわかるように梨とショウガを使うため、韓国の「土俗酒」では珍しく香りがよくて上品な味がする。お勧めである。
 ただ、こうした「土俗酒」の多くは手造り少量生産なため結構いい値段がする。贈答用には重宝がられているが大衆性はいまいちだ。その中で「ポクブンジャジュ」だけは?強精効果?で大衆化に成功している。
(くろだかつひろ:産経新聞ソウル支局長)

月刊 酒文化2005年09月号掲載