お酒が大好きな神様がいる?

 経済発展が進み、お酒の消費量は年々鰻のぼりです。首都デリーでは25歳から飲酒が出来るようになりますが、この年齢を21歳に引き下げる動きが現実化しつつあります。  
 しかし、一般的には、まだまだ、お酒を飲むことに抵抗をしめす人々の方が大多数です。
 それもそのはず、庶民の人たちから聞くお酒の話は「体を悪くした」「飲んだくれて働かない」「稼ぎの大半をお酒にはたいてしまって、生活費を入れない」などなどさんざんたるものばかりだからです。
 生活が苦しい人にとって、お酒は「生活苦から逃げる手段」であり、そのような飲み方では、安い、質の悪いお酒をあびるように飲むので、体を壊すばかりか、命さえも落としかねません。
 インドに住む80%以上の人々が信じているヒンドゥー教。日本にいる八百万の神様のように、神様の数が多すぎて、正確に神様の数を数えることが出来ないと言われています。ヒンドゥー教はその土地その土地の土着の神様をヒンドゥー教の主な神様とむりやり(?)結婚させたり、化身と位置づけたりしながら全土に広がっていきました。
 そのため、インドで生まれたとされる仏教ですが、ブッダはヒンドゥー教徒からみると、三大神のひとり「宇宙の維持」を司るヴィシュヌの化身であると言われ、ヒンドゥー教の一部と考えている人も多くいます。
 イスラム教では、お酒を飲むことを完全に否定していますが、ヒンドゥー教は、意外や意外、実は明確に飲酒を否定していません。取り込まれた、土着神の中にお酒が好きな神様もいて、完全に否定することが出来なかったからではないかと考えられています。
 飲んだくれ親父が、家族にお酒を咎められると、その言い訳に「ヴァロ・ババ」という神様をよく使います。
 その昔、人間に仇をなす悪魔の親分だった彼は、お酒が大好きだったとか。ヒンドゥー教の悪魔退治や勝利の神様として有名なヴァイショノ・デヴィ(あるエピソードではドゥルガ、ヴァイショノ・デヴィとドゥルガを同一視する場合もある)に成敗された後、心を入れ替え神格化されたそうです。もともとジャンム・カシミール地方の土着神だった彼にまつわるエピソードは数種類ありますが、今では願いごとを叶えてくれる神様とインド全域で大きな人気があります。
 人々はヴァロ・ババの前で願い事を託し、その願い事が叶うとお礼にお酒を持ってお寺へお礼参り行きます。けして、順番を間違えて、お願い事をする時にお酒を持って行ってはいけないそうです。先にお酒を持っていくと、ヴァロ・ババは願いを叶える前に大酒を飲み願い事を叶える仕事を忘れ、眠りほうけてしまうからです。
 お酒の臭いが充満しているお寺の中で、家族で来ていた飲兵衛親父の言い訳に、奥さんが「まったくもって、あなたはヴェロ・ババ様だよ。願い事叶える前にお酒を飲んで眠ってばかりいるからね。それにしてもああ、人々は我ままだね。誰も神様の肝臓の心配はしたことないんだねえ。それとも神様は肝臓の心配なんてしなくていいのかねえ」とひと言。その言葉を耳にしたお父さんばかりか、ヴァロ・ババご自身も、さぞかし気まずい思いをされているんだろうなと、おもわず大笑いしてしまいました。
(いけだみえ:フォトグラファー・ライター、ニューデリー在住)

月刊 酒文化2007年11月号掲載