所変われば人変わる?

 牛はヒンドゥー教の人たちにとっては神聖な動物。豚はイスラム教の人たちにとっては、穢らわしい動物。インドに住んでいると、たとえばチベット難民のマーケットなど特別なマーケットや外国人向けのレストランなどへ行かない限り、牛肉や豚肉を口にすることはありません。
 また、一切肉類を口にしないヴェジタリアンの人もいます。同じヴェジタリアンといえども、卵を食べない人、玉ねぎなどの根菜を口にしない人など、宗教によっても様々な決まりがあります。
 都市部は大分希薄になってきましたが、未だカースト制(いわゆる階級制度)が根強く残っており、どうやら、身分が上になればなるほど、食事に対しての縛りが強くなる傾向があるように思われます。
 ブラーミン(カーストでは1番上の僧侶階級)の、とある知人は、いつも自分専用のコップを持ち歩いています。いくら洗ってあるとはいえ、他の人が口をつけたコップは穢らわしいと考えるからです。
 まあ、そこまで厳しく昔の伝統を守っているのは、地方出身者で出稼ぎに出てきている人たちぐらいですが、都市部に住んでいる人々に限れば、少なくてもインド国内では牛肉を口にすることはありません。
 インドにいる間は、ヴェジタリアンだけれど、国外に出ると同時に牛肉も食べます、などという人たちも、実は結構いらっしゃるようです。
 その方々にお話を伺ってみると、どうやら、彼らにとってインドという大地および自分の属しているソサエティというものが、とても重荷になっているようです。
 先日インドからタイ行きの飛行機に乗ったとき、インド人の団体のお客様たち何組かと一緒になりました。彼らは離陸するとともに、緊張感が抜けたのか、食前酒に配られたワインやビールを何度も何度もおかわりをされ、仲間うちでの大規模な座席交換がはじまりました。普段飲みなれていらっしゃらないのか、はたまた気圧のせいか、すぐに酔っ払ってしまったようです。
 ヴェジタリアン食でも、スペシャルヴェジ(卵抜き)や玉ねぎなどの根菜抜きヴェジなどと、やたらに種類の多いインド便機内食。さらに乗客同士で、座席交換がはじまり、客室乗務員の方々は、特別機内食をオーダーされた方に配ることが出来ず右往左往していらっしゃいました。
 運悪くヴェジタリアンの酔っ払ったお客様に、魚料理がサーブされてしまい、お酒の力もあいまって大騒ぎ。結局彼を囲むようにして客室乗務員3名が頭をさげ、事態は収拾されましたが、その場の雰囲気の悪さはタイへ到着するまで残り、あまり快適なフライトではありませんでした。
 後日、タイの屋台で、飛行機で一緒になり騒ぎをおこした酔っ払いさんとばったりと遭遇。興味本位に、彼のテーブルに乗っかっているものを確かめてみると、大ジョッキビールに、なんとわたしが食べていたのと同じ魚料理。
 飛行機の中であれ程怒ってらっしゃったにも関わらず、魚と分からずにオーダーされたのか、それとも結局機内ではヴェジタリアン料理にかえていらっしゃったので、それがきっかけで魚に興味をもたれたのか、分かりませんが、赤ら顔で美味しそうに食べていらっしゃいました。
 彼にとっては許されないはずの魚料理、ビールのアルコールで消毒しているから許されるとでも思ったのかしら?
(いけだみえ:フォトグラファー・ライター、ニューデリー在住)

月刊 酒文化2008年04月号掲載