ドライ・デイに泣く? それとも…

 切らしたビールを求め、夕方、酒屋へ行くと、いつもはお店が開いている時間なのに、シャッターがかたく閉じられている時があります。お店に近づいてシャッターを良く見ると、汚い字で「DRY・DAY」と書かれた紙がセロテープで無造作に貼られ、その日がドライ・デイであった事が知らされます。こんな日は、「ちぇ。ついていなかったなあ」と舌打ちをしながら、泣く泣く家に帰るしかありません。
 インドの首都ニューデリーのドライ・デイは、5(ファイブ)スターホテルなどの中にある特別な許可書を持つレストランやバー以外でのアルコールの販売が禁止されています。この日は、酒屋でお酒を購入する事ができないばかりか、街角にあるちょっとしたバーやレストランでさえもお酒を飲むことすらできません。
 ドライ・デイに指定されている日は、国民の休日、選挙投票日、インドで信仰されている代表的な(ヒンズー教・イスラム教・シーク教・仏教などの)宗教のお祭りの日などです。数日前から、新聞広告や酒屋の店頭などでは、次のドライ・デイについての告知がなされています。しかし、毎日酒屋へ通うような人は別として、当日になって初めて知る人が大半です。
 もともとドライ・デイとは、血気盛んな彼らにとって特別な日に、お酒を飲んで己を失い、何か小さなことをきっかけに暴動などを起こさないように設けられたと言われています。
 つい先日も、あの有名なハリウッド・スター、リチャード・ギアが、インドで行われたエイズ撲滅キャンペーンの最中に、映画「Shall We dance?」のワンシーンを模して一緒に出席していたインド人女優の頬に何度もキスをしたことに、公序良俗に反すると腹を立てた人々が、各地で二人の人形を燃やしながら激しく抗議する様子が報道され、インドの人々が持つ怒りのパワーの強さが証明されたばかりです。キスぐらいで人形を燃やさなくてもと思うのは都会に住むインドの人々も同じ考えなのですが、古くからの因習に囚われている地方の人々にとって、宗教や政治に結びつく問題は大問題。普段はあんなに温厚であった人々が徒党を組んで暴れだす様をみると、ある程度の規制は致し方ないのかなとも思えてきます。
 ただし、ニューデリーをはじめとする都会では最近のインド好景気のあおりを受けてお酒に対する考え方が変わってきており、特に知識層の間では別の見方をしています。ドライ・デイを見直そうではないかと考えている人がいるそうです。
 「あくまでも、ドライ・デイはお酒を販売する事が禁止されているだけで禁酒令ではない。つまり買い置きされているお酒を飲むことは出来るので、治安維持という観点から見てもあまり意味がないのでは」と彼らは言います。
 最後にとあるインド人の奥さんからいただいたドライ・デイ大賛成というご意見をご紹介します。彼女にとってドライ・デイとは「家族の日」だそうです。いつもは友人とばかり過ごしているご主人が家にいてくれる日だからだそうです。また、共和国記念日や独立記念日などにお酒を飲むなどとは言語道断。国を愛しているならば、その日国を思いお酒など飲まずに過ごすのが当たり前だともおっしゃっていました。
 古くからの因習と新しく流入した文化。インドではそれらがぶつかり始めたばかりなのかもしれません。(いけだみえ:フォトグラファー・ライター、ニューデリー在住)

月刊 酒文化2007年07月号掲載