絶対に外に出てはいけない日

 インド在住外国人である私たちにとって、年に1日だけ、絶対に外出してはならない日があります。
 その日が近づくと、子どもたちは浮かれだし、テラスから水風船や水鉄砲を使って、道を歩いている人々にめがけ、水をかけてきます。中には、バイクに二人乗りで跨り、後ろに座った馬鹿者(もとい若者)が、すれ違いざまに、水風船を歩行者の背中やお尻にめがけて、力いっぱい投げつけてくることもあります。その水風船にまともに当たると、最初は、痛みが痛みと感じずに、何が起こったのか分からず呆然としてしまうほどの激痛です。痛みが少し和らぐと、今度は風船の中に入っていた水が、洋服を濡らしべた〜と肌に纏わりつき後味までも最悪です。うかうかして道を歩く事も出来ません。
 これは「ホーリー」と呼ばれるインドのお祭りの前哨戦。さすがにバイクから投げつけられる水風船には頭にきますが、子どもたちにより、水をかけられる程度ならば、多少服が濡れたことには目をつぶり「ハッピーホーリー」と笑いながら返すのが、粋な大人の対応です。
 ちょうどこの頃は、寒かった冬から日中何もしなくても汗ばむ季節に変わる時期。少しぐらい洋服が濡れても、5分もしないうちに乾いてしまいます。
 ただし、「ホーリー」当日だけは外出したらOUT。けして元の姿で帰宅することはありません。
 別名「色の祭典」とも呼ばれるこのお祭り。もともとこの時期は、季節の変わり目に多く発生するウィルスのせいで、体調を崩す人が多かったため、その治療と予防のために、インドの伝承医学アユル・ヴェーダーでは、薬として使用されていた、様々な色をしたハーブの粉をかけあった事が始まりだそうです。その後、騒ぎながら悪霊を追い出す意味が付け加わり、現在のように「ホーリー」当日は、色のついた粉や水をかけあいながら狂喜乱舞して祝うスタイルになったそうです。
 日本の節分も、ちょうど冬から春へ季節が変わる時期。「鬼は外。福は内」と大声でさけびながら豆を投げながら、家中の鬼(悪霊)を追い出すところなど、どこか「ホーリー」に似ているかもしれません。
 午前中は、子どもたちが水をかけあってはしゃぐ程度ですが、お昼近くにもなると、親戚などが家に集まりだしピークを迎えます。ホストは、玄関で両手に赤や黄色やピンクの粉を山盛り持ち、嫌がるお客様の顔や頭にベッタリと塗るお出迎えをします。ご馳走やお酒が振舞われ、そのうち大人たちの理性がどことやらに飛んでいってしまった頃、子どもたちが遊んでいた水の中に色のついた粉が混じりはじめ、最後は色水の掛け合いになります。この日ばかりは、大人も子どもも無礼講です。色の粉や水を手に、日ごろの鬱憤を晴らすかのごとく奇声をあげ、暴れだします。
 残念なのが、この色のついた粉が発色をよくするために廉価な化学薬品が使われていることです。洋服についたら最後、まずどんなに洗濯をしても落ちる事はありません。あまりにもはしゃぎすぎると髪の毛が赤や緑に染まってしまったり、顔や爪などに粉の色が1週間以上も残ってしまったり、かぶれてしまったりなど、人体にも悪影響を及ぼすそうです。
 「ホーリー」の日はいくら請われても参加せず、窓から、人々が狂喜乱舞している姿をお酒でもちびりと飲みながら眺めるのが、外国人流大人の正しい楽しみ方なのであります。
(いけだみえ:フォトグラファー・ライター、ニューデリー在住)

月刊 酒文化2008年05月号掲載