様変わりしたインドの酒事情

 今から17年前、インドに、古典ダンスを習うため遊学した。その当時住んでいた家の大家さんより、振舞われた氷入りビールが、インドで飲んだ、初めてのお酒だった。日本でも、ビールの味にコクや深みを出すため、氷を入れたビールを、楽しまれる方もいるといわれているが、大家さんより振舞われたビールの氷は、もちろんビールを冷やすためだった。後になって、インフラが完備されていない暑い東南アジアなどでもビールを冷やすために氷を入れて飲むことがあることを知ったが、大家さんから手渡されたグラスからカラカラと氷がぶつかりあう音が聞こえてきた時は、とにかくビールが氷で薄まりダメになる前に飲み干そうと慌てて飲んだことを今でも懐かしく思い出す。
 インド現地新聞によると、2018年に予想されるインドの一人当たりのアルコール消費量は5.1Lと、アジア平均の20.9Lに比べ低くい。その要因としてあげられていたのは、アルコールに対する保守的な考え方や、販売ライセンスの取得や法令が厳しいためとのことだが、17年前に比べるとインドにおけるお酒事情は、人々のライフスタイルや意識の変化とともに180度近く様変わりをしたといっても過言ではないだろう。
 当時多くの酒屋は、マーケットの人目につかない日差しがあたらないような端っこに追いやられていた。窓口は小さく、鉄格子などでしきられている場合もあった。夕方になると、1日の仕事を終えた男たちが窓口の前に群がり、1日の稼ぎと交換した酒の小瓶を大事そうに持って帰る光景をみることができた。とても女性が近付けるような雰囲気ではなかったし、お酒を買う事自体がどこか後ろ暗い、気が引ける行為のような感じを受けた。また、レストランでビールを注文すると、給仕の男性がおもむろに客の前に持ってきたビール瓶を差し出し、瓶に触ってビールが冷えているかどうか確認するように求められた。それに比べ今は、輸入酒を中心に美しく陳列した酒屋が家族連れが行き交うショッピングモールの中にあり、人目を憚らずにお酒を購入する事ができる時代になった。先日訪れたその酒屋には、日本酒も陳列されており、17年間のインド生活で初めて目にした陳列された日本酒に、おもわず写真を撮ってしまった。また、街中では気軽に入りお酒が楽しめるレストランやバーが増え、中にはビールやワインの専門店なども出来てきた。ビール専門店では、置かれた樽から直接ビールが冷やされたジョッキに注がれ運ばれてくるのだ。もちろん、ジョッキの中には氷は入ってはいなかった。
 現地新聞によると、これからのインドにおけるクラフトビールの売上は、年間20%ずつ伸びると予想されていた。インドといえば、「IT大国」とのイメージが強いが、いつの日かインドといえば「ビール」といわれるような夢のような日が来るのかもしれない。
(いけだみえ・インド在住)          
2018年夏号掲載

月刊 酒文化2018年10月号掲載