ワインをおいしく飲むインフラ

 ダージリンティーやアッサムティーなどの紅茶の生産地として有名なインドですが、実は、良質な種無しぶどうの生産地でもあります。そのため、フランスをはじめとするヨーロッパや、オーストラリアなどへ輸出された中には、ブレンド用のブドウとしてその土地のワインの材料となっています。そのおかげもあってか、海外ではインドワインの評判は年々高くなりつつあります。また日本においても、インターネットのオンラインショップなどで、インドワインが簡単に手に入れることが出来るようになりました。
ところが、インドに住んでいる邦人の方達の間では、インドワインの評判はあまり高くありません。インドワインを飲んだ後、頭が痛くなった経験がある方や、使ったワイングラスを洗うためにしばらくグラスを水につけ置くと、不純物らしき小さな黒いぶつぶつが浮いてくるのを見た方が複数いらっしゃり、話題にされるからです。 
インドにおけるワインの歴史の始まりは紀元前4世紀頃。ペルシャの商人によって、その製法が伝えられたことに始まると言われています。その後、16世紀に台頭したムガール帝国の王朝が、イスラムの教えに則り禁酒令を発したり、19世紀末には害虫の大発生によりブドウ園が甚大な被害を受けたり、1950年頃には宗教的見地などから人々のアルコールに対する嫌悪感が高まり、複数の州で禁酒令が出されたり。インドのワイン製造は、時代の波に翻弄されながら徐々に衰退していきました。ワインの製造が今日のように本格的に再開されたのは、80年代に入ってからです。
近年のインドでは中間層人口の急増とともに、海外から入ってくる文化や情報に敏感な20代、30代の若い人を中心にライフスタイルが変わってきています。その流れを汲んでか、ワイン愛好家も年々増えてきており、インドのワイン消費量も毎年約20%の成長率をみせています。ちょうど今がインドにおけるワインの黎明期といえるのかもしれません。国際的に評価されるインドワインの製造はできるようになったものの、流通の過程で温度調節をするためのインフラが整っていなかったり、知識不足などにより保存方法を誤り、飲み手にワインが渡るときには味が劣化してしまったり、インドの喧騒を忘れさせる洒落た雰囲気を持つ店内に輸入ワインまで取りそろえた分厚いワインリストを常備するお店が増えても、そのワインリストから時間をかけ選んだワインが品切れで何度も何度もワインを選びなおさなければならなかったり、食事に合うワインのアドバイスを受けたくてもワインの知識をもった店員が在籍していなかったりなどと、ワインをインドでおいしく嗜む環境づくりにはもう少し時間がかかりそうです。厳しい歴史を乗り越えてきたインドワインだけに、インドの地でおいしく飲める日を心待ちにしたいと思います。
(いけだみえ・インド在住)          
2018年秋号掲載

月刊 酒文化2018年10月号掲載