涙ぐましいお酒のための努力

 「お酒についてどう思う?」直球勝負で何人かの知人に質問してみました。
 ある程度の裕福な生活をしている方々は、いわゆる海外での生活をしたことがある人が多いせいか、男性も女性も、わりと肯定的。流行にも敏感で、自宅に自分の好みのお酒ばかりか、いまはやりのワインやスコッチウィスキーなど様々なお酒を常備しており、何かの機会を見つけては、ホームパーティを開くなど、お酒に触れる機会も多いそうです。自宅に、小さなカウンターバーを持っている方までいました。
 次にミドルクラスと言われる方々に同じ質問をしてみると、男性も女性も「時々ならばいいのでは?」との答え。特別な機会があれば、嗜むこともあるけれど、日常的にお酒を飲む習慣は、ほとんどないそうです。
 そして、いわゆる労働者クラスになると、男性は「えへへへ」と苦笑いを浮かべながら、「まあ、たまに飲んでるかな」赤い目をした赤ら顔、たまにどころか毎日飲んでいるのではと思わせるような風貌。同じ質問を女性にぶつけてみると、酒飲みの旦那様に苦労していらっしゃるのか、きっぱりと「あれは絶対に良くない飲み物だ」と断言。中には目を吊り上げながらお酒の悪い部分をせつせつと訴えてくる方もいました。
 暮らしのレベルが低くなればなるほど、宗教、社会的な規範での束縛が強くみられるインドの現状を考えると、思った通りの結果。労働者階級の人にとっては、お酒は生活苦や労働苦から逃れるための物。依存症になるばかりか、質の悪いお酒で健康や命さえをも奪われてしまう可能性もあり、家を守る女性にすれば、これ程厄介な物はありません。
 日夜、奥さんの厳しい監視下に置かれている、お酒好きな男性たちは、お酒をどうどうと家の中で飲む事が難しい環境です。そのため、お酒を飲むには、仲間と徒党を組んで、外で飲むことになります。
 商社に勤めるアトゥルさんにその辺を伺ってみると、彼は、就業時間が迫ると、お酒が好きな仲間たち数人と、携帯電話などで連絡を取り合い、夜な夜な場所を変え集うそうです。場所を変えるのは、勘の良い奥さんに、見つからないため。一度仲間の奥さんに、現場を踏み込まれた苦い経験があるそうです。
「お店に入るには、お金がかかるし、外で飲むのは、あまりリラックス出来ないけれど、気の合う仲間が集う事が大切なんだ」
と、彼は笑います。仲間が集えば、奥さんへのアリバイ工作もばっちり。言い訳に、いつも同じ友人の名前ばかり出すと怪しまれるので、日によって仲間の名前を使い分けているのだとか。おつまみには、ニンニクがたっぷり入った中華料理をテイクアウト。お酒を飲んだ後は、ニンニクのたっぷり入ったスープでしめれば、ニンニクパワーで、疲れを乗り切るだけではなく、お酒臭さも消えるので一石二鳥です。   
 そんなアトゥルさんたちにとって、年に数回、誰にも悩まされずお酒が飲めるチャンスがあります。それは、仲間の奥さんが、子どもを連れて実家に帰り、家を空けるとき。
「何の気兼ねもなく飲めるよ。中華を頼む必要もないし、飲み終えた後、家に帰って妻の顔色を伺ってたら楽しい気分も台無しだもの」
 お酒を飲むための日々の涙ぐましい努力。お酒を取り囲む環境は国それぞれですが、家の実権を握っているのは、やはりどこの国も奥様なんでしょうねえ。
(いけだみえ フォトグラファー・ライター、ニューデリー在住)

月刊 酒文化2008年03月号掲載