ロンドンのカクテル・トレンドを追う

 イギリス人にとって、安いパッケージホリデーの定番ロケーションといえばクレタ島やマヨルカ島。観光客しかいないホテルのバーで飲む、紙のパラソルが飾られたやたらに甘い極彩色のドリンク。イギリス人にとってカクテルと言えば、こんなイメージがつきまとい若者には見向きもされない存在だった。しかし、NYで始まったカクテルの再リバイバルがイギリスに上陸すると、トレンディなバーのバーテンダー達は、80年代のブーム以降しまいこまれていたシェイカーを、いっせいに取り出した。
 イギリスでも大ヒットした米TVドラマ「アリー・マイ・ラブ」や「セックス・アンド・ザ・シティ」の中で主人公の女性たちがカクテルを頼むと、翌晩のバーではシェイカーが振られっぱなしの状態に。21世紀は新・カクテル・ブームで明けた、と言っても過言ではない。10年が経った今ではもはやブームではなく、ロンドンではカクテル専門の店も増えた。
 人気メニューを見てみよう。サケティーニはジンと日本酒をミックスしたカクテルで、いわばマティーニのバリエーションなのだが、日本人からもマティーニ・ファンからも「邪道!」と言われてしまった。しかし人気は鎮火せずイギリス女性に評判のラブコメ小説にも登場、キューバから北米経由で持ち込まれたモヒートとともにトップの座を長く譲らない。モヒートはホワイト・ラムの炭酸割りに甘味を加えたもので、ミントの葉をたっぷり入れるのが主流だ。
 そして、「セックス・アンド・ザ・シティ」から火のついたメニューがもうひとつ、コスモポリタンだ。ウォッカ、コアントローと柑橘類の果汁、色付けにクランベリージュースが入った淡いピンクがフェミニンな印象。同じピンクでも乳白色の泡が美しいベリーニには、イタリアの発泡ワインと新鮮な桃のピュレが使われている。
 このように女性向きな色と味のカクテルが圧倒的に上位を占め、殿方の好むドライなマティーニや、日本で大ブームのハイボール(イギリスではウィスキー・アンド・ソーダと呼ばれる)などは今ひとつだ。しかし、ウィスキーを使ったカクテルは、最近男女ともに注文が増えている。ベルモットとウィスキーのハーモニーで酔わせるマンハッタンや、モルト・ウィスキーとブラックベリー・リキュール、レモンの酸味を効かせたモルトベリー・サワーなど、ウィスキーの個性を隠さない大胆かつ繊細な組み合わせが受けるようだ。
 ところで、今回のブームでは、どぎつい色のチェリーやパラソルは使われなくなり、カクテルもモダンでクールなスタイルに進化した。飾りはミントの葉やライムピールなどミニマリスティックなシンプルさを誇る。これは、カクテルを料理のように考えよう、という「ミクソロジー」から始まったトレンドだ。アルコールに果汁、野菜、ハーブ、スパイスといった自然の素材のみを合わせて新しい味を創る。旬の食材を重んじ、食用色素や甘味料は極力使わない。ギミックな飾りつけは御法度だ。パイオニア・ミクソロジストであるトニー・コリグリアロによれば、バーテンダーは今やシェフと並ぶ味のアーチストであり、その技術と作品は芸術の域に達するのだという。飲む方の舌もそれなりに肥えていなければならないわけで、カクテルが安ホリデーの象徴でもあった時代はいまや遠い昔のことになったようだ。(ふくおかなを:ロンドン在住)

月刊 酒文化2011年05月号掲載