ロイヤルウエディングと「新婦のエール」

 世界中が天災と人災による暗いムードに覆われる中で、明るい光を人々の心に投げかけているのが、英国王室のロイヤル・ウェディング。この文章が印刷されるころにはもうご成婚されているウィリアム王子とケイト・ミドルトンさんの写真は毎日メディアに登場し、陶磁器から飲食品まで、ありとあらゆるご成婚記念商品が発売された。
 ドリンクでは、新郎のウィリアム王子が生まれた時に商標を登録したという「プリンス・ウィリアム」というブランドのシャンペンが話題だ。ご成婚記念の数量限定特別ラベル瓶は予約のみで売り切れたとか。そして、「キス・ミー・ケイト」という名曲のタイトルを使ったエールも登場。ドラフト、七万本限定生産のボトルと共に順調な売上を見せているという。
 ビールとフォーマルなウェディング、という組み合わせは意外に感じるが、その昔は、イギリスでウェディングの飲み物と言えば、ビール(エール)だったそうだ。「ブライダルBridal」(婚礼)という言葉があるが、これは「ブライド Bride(新婦)」と「エール ale」が合わさった語。古代には、婚礼で集まる親族に供するための特別なエールを新婦となる若い女性が自ら醸造した、というあたりに起源があるらしい。参列者は持参の贈り物と引き換えに、なみなみとエールの注がれた杯をもらうことができたそうだ。
 特別な日を記念した醸造は今も続いている。ウィリアム王子が生まれたとき、母方の祖父スペンサー伯爵は王位継承権第一位という孫の誕生を祝ってロイヤル・エールを作り献上した。王子の両親、チャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚の時は、一四七種類ものロイヤル・ビールとエールが発売になったそうだが、今回も一〇〇社あまりから特別なデザインのものが出されている。中には、「ウィンザー・ノット」(ウィンザー王家との縁結びをノット=結び目とかけて)、「ベター・ハーフ」、「アイ・ウィル!」(ウィリアム王子の愛称ウィルと、結婚式での誓いの言葉をかけたしゃれ)などというしょうもない名称もあり、話題をさらうというよりは失笑を買っている。
 一般のイギリス人の間では「結婚」が家と家との結びつき、という要素が薄れているため、結婚式も一組の男女がともに人生を歩む事になったのを祝うだけだ。教会や市役所で宣誓をしたあと、「レセプション」と呼ばれるパーティが行われる。自宅の庭でのささやかな会食から、ダンスクラブを借り切っての大騒ぎまでその形態は様々だ。日本の披露宴ともだいぶ雰囲気が違う。
 しかし、上流階級の結婚式は、上に行けば行くほどいまだに家同士の結びつきを記念するイベントであることが多く、レセプションもフォーマルになる。父のチャールズ皇太子のオーガニック・ブランドのビールも振る舞いたいという希望は、エリザベス女王の「やはりシャンパンで」という意見に押されてしまったらしいが、ウィリアム王子は、愛情で結ばれた結婚ではなかった両親とは対照的に、自から選んだ女性との愛を誓う場にしたいという意思を、婚約直後から明らかにしていたと言う。二人の幸せを祈ってロイヤル・エールで乾杯!
(ふくおかなお・ロンドン在住)

月刊 酒文化2011年06月号掲載