コピー天国で本物を探す

 長江下流南の江南地方には、古来、網の目のような大小無数の運河が張り巡らされています。中国のめざましい発展を象徴するような近代化が進みつつあるかたわらで、この一帯には運河に結ばれた古い水郷が数多く残っています。浙江省紹興市はあまたある水郷のひとつ。白壁に黒瓦の町並みをところどころに残す文化歴史に彩られた古都です。経済・観光都市としてにぎやかな大通りを抜けて閑静な旧市街を散策すれば、石橋の周りや軒下に無造作に干された野菜や肉、運河の水で野菜や食器を洗う姿など、昔ながらの素朴な情景に出会えます。
 何といっても、紹興の名は、日本では老酒の代名詞となった醸造酒「紹興酒」の産地として広く知られているでしょう。紹興酒は味や醸造年数によって細かく種別されます。一般的なのが辛口の「加飯酒」、辛口でも主に料理用の「元紅酒」、女性や子どもも嗜むやや甘口の「香雪酒」など用途によってさまざま。醸造年数が3年、5年、8年といった単位に始まり、長いものでは20〜50年物、価格が高いものでは中国人低所得者ひとりの年収にもあたる、日本円にして数万円にもなるものが売られています。
 紹興酒は良質の紹興産もち米、アミノ酸が豊富な鑑湖の清水と麦麹を合わせて陶器の壷で長年寝かされて醸造されます。竹とハスの葉の蓋に泥を塗り、覆い固められた壷を長く寝かせるほど、ハスの葉の香りが酒に移り、風味が熟成されていきます。紹興の家庭では、昔ほどではないにしろ、いまでも手作り紹興酒を作っているそうです。
 そして風味の明らかな違いは、まず量産と手作りの差に出るといわれます。しかも、「手作り」を謳っているブランドが100パーセント手作りとはうたがわしく、本物の手作り紹興酒は紹興の工場で入手したものこそがもっとも信頼できるとか。こんな風のうわさに誘われ、私は紹興市内へと向かいました。コピー天国のこの国でホンモノを求めるには、多少の根気が要るのは身にしみてわかっていますから。
 紹興酒工場でも製造工程は秘伝のため公開されませんが、簡単な紹興酒作りの説明、テイスティング・販売に対応してくれる工場がいくつかあります。手作り紹興酒だけを製造する工場で3年・5年・8年ものを試しましたが、どれも実にこくが豊かでまろやか。手作りの違いを実感しました。工場いわく、この手作り紹興酒は中国でも紹興市の工場以外に販売されていないとのこと。ほとんどが、欧米や日本など、海外へ輸出されているそうです。
 紹興市内の繁華街へ出てみれば、鼻をさすような臭い。振り返ると、屋台が臭豆腐を揚げていました。強烈な発酵臭にしり込みをする日本人は多いのですが、カラッと揚げたての臭豆腐は私の大好物。魯迅の好んだ煮回香豆(ウイキョウ豆)とともに、辛口の紹興酒とは絶妙の相性です。
 紹興酒と並んで紹興を語るに忘れてはならないのが、中国近代文学の祖とされる魯迅。17歳まで紹興に暮らした魯迅にまつわる資料や遺品を展示した魯迅記念館、魯迅の故居や私塾は紹興観光のハイライトとなります。それら魯迅ゆかりの建築物に隣接して、「咸亭酒店」という有名な紹興料理店兼居酒屋があります。咸亭酒店は有名観光地らしくいくらか味が俗化したとの評判ですが、庶民的な佇まいの本店カウンターで紹興酒を嗜みながら、日本ともゆかりの深い魯迅の時代に思いを馳せるのも悪くはありません。
(いしはらあきこ:フリーライター、2003年〜2006年蘇州在住)

月刊 酒文化2006年10月号掲載