白酒交遊録

 冒頭から私事で恐縮だが、上海では白酒は飲まないことにしている。訪中歴のある方ならご存知のとおり白酒とは高粱など穀物を主原料にした蒸溜酒で、アルコール度数がめっぽう高い。北京や東北、華北エリアで好まれている。上海で中国酒と言えば紹興酒に代表される黄酒が幅をきかせていて、白酒を好んで飲もうという人にはあまりお目にはからない。ましてや、洗練されたワインショップやワインバーがそこかしこにできた今、ワイン党を気取る人はいてもわざわざ白酒党を名乗りはしない。田舎者め、と思われるのが落ちだ。
 そうは言っても上海でも白酒党に遭遇することはある。年配者や北京、東北出身者が来ていそうな、特に忘年会のような飲み会に誘われた時は要注意だ。あおるように飲む彼らはやたらと乾杯したがるのも特徴で、白酒党がいるぞと察知した場合は、女性に許された特権を使って最初から「お酒、飲めないんです」と申告してしまうに限る。美味しい料理を前にしてお酒を飲めないという状況は至極つまらないものになるが、白酒攻撃で撃沈するよりはましだ。
 しかし、相手もお手のもので、攻撃をかわしきれないことがある。国営マスコミのオジさんたちが同席すると聞いたある飲み会では幹事格の人間に「30分くらいしかいられない」と断りを入れて参加した。幹事格に多少の義理があるだけで、私の参加などさして意味もない。しかし、オジさんたちの目は鋭く、炭酸飲料なぞ頼むスキも与えてくれない。
「30分しかいられないのか。ならば、さぁ、飲もう飲もう」
 立て続けの乾杯攻撃だった。30分をやり過ごし、這う這うの体で宴会を後にした。もう少しいたら完全に撃沈、幹事にしばらく顔を見せられなかったに違いない。
 こう書いてしまうと白酒が苦手なのだと思われてしまいそうだが、決して嫌いなクチではない。問題は、飲む場所なのだ。
 1年半ほど住んだ北京では時々白酒を飲んでいたし、内モンゴル自治区を旅行中に飲んだものがすこぶる美味で、自宅用にと同じ銘柄のものを買っていったくらいだ。カラリと乾燥した場所では美味しいと思えるものも、高温多湿な上海の風土にははなから合わない。甘みの強い上海料理や、発酵食品を使った臭ウマ系が多い紹興料理に合うのはキリリとした白酒ではなく、コクのある紹興酒だ。
「北京でもなかなか手に入らない新疆の白ワインを持っていくから楽しみにしていてね」
 北京在住の友人が土産に持ってきてくれたのは有難いのだが、水かと思うほど拍子抜けするような淡白さだった。しかしこれもきっと新疆で飲めば酔いしれる美味に違いない。
 風土にあった料理があり、酒がある。上海にいながらにして、さまざまな地方の料理が食べられるようになってはいるがそれはどこか上海風で、ご当地の風に吹かれて味わう本場にかなうはずもない。
 そう思いながら、はたと気づいた。レストランでビールを頼めば「冷たいのにする?」と聞かれることがある。体を冷やすのは良くないという中医文化が根付いているからで、地方に行けば行くほど生ぬるいビールの出てくる確率は高くなる。冷たいに越したことはないけれど、意外なことに生ぬるいビールというのも、中国の料理と一緒であればそう悪くはない。常温でもそこそこの味が出せるよう作られているのか、風土のなせる技なのか。はたまた私が中国人化してきただけなのだろうか。
(すどうみか:上海在住)■

月刊 酒文化2009年08月号掲載