「ぼくは、『しろ』が好きです」

 カウンターの先客で、イギリス生まれのアンディが流暢な日本語で言った。彼の言うしろとは熊本県人吉の米焼酎「白岳しろ」のこと。熊本の居酒屋ならどこにでもあるという、熊本人が愛する球磨焼酎だ。カウンターの奥には、上海語(中国語の一方言)を話す30歳前後のカップル。男性のほうは日本留学経験があるそうで、「焼酎って、いいですよね」と、ほろ酔い気分で口にする。
 ここは、日本人居住区からは離れた静かな通りにある焼酎バー「MOKKOS BAR」。熊本出身の若い夫婦が2007年春にオープンさせた。日本の店でもなかなかお目にかかれない珍しいものも含め、焼酎がずらり100銘柄以上並ぶ。宣伝は一切していないというが、いつの間にか日本人だけでなく、欧米人や中国人が集まってくるバーとなった。週末ともなれば立ち飲み客で賑わうほどの盛況ぶりだ。
 食べ飲み放題の店の人気とヘルシーさがウケて、一気に日本食ブームが広がった上海。農林水産省が2007年に配布している資料では、上海の日本食レストランの数は400〜500店舗。日本食の普及で日本酒ファンは増えているのだが、いまひとつなのが焼酎だった。
「水やお湯、氷で酒を割るという習慣が中国にはないから、中国人に焼酎を飲んでもらうというのは難しいと思うなぁ」
と言うのは、高級価格帯の日本料理店を長年上海で営む日本人K氏。ここ2、3年で焼酎バーも増えてはいるが、ターゲットは在住日本人であって、中国人への広がりは「まだ先の話」というのがもっぱらの見方なのだが…。
 ところがどっこい。「MOKKOS」をご覧あれ。意外と言っては失礼だが、焼酎が日本人以外からも愛される存在になれることを証明している。
 店主の村上栄一さんによれば客層は、欧米人6割、日本人2割、中国人1割強。「トイレがいい!」と客から褒められるというのでのぞいてみれば、四方の壁いっぱいに、英語や日本語はもちろんのこと、中国語、ロシア語、ハングルのほか、とにかく多言語の文字が躍っていた。客たちのいい塩梅の酔い加減が伝わってくる。
 人気の秘密は、店主夫婦が醸し出すアットホームな雰囲気と居心地の良さ。そして、熊本弁で頑固者、つむじ曲がりを意味するという店名どおりの「自分が美味しいと思ったものしか客には勧めない」という、こだわりのラインナップだ。
「中国人客に人気があるのは、麦ですね。中国人の場合、日本と関係のある人が多いですが、なかには、ふらりと一人で入ってきて、麦、米、芋といろいろテイスティングをして、焼酎ファンになっていくお客さんもいますよ」
 欧米人客も、アンディのように日本在住経験のある日本贔屓もいるが、多くは日本語が話せないけれど焼酎好きとなった面々だ。
 日本の酒イコール日本酒というイメージは上海でも根強く、特に焼酎は匂いへの抵抗感が強い。ところが、原料の違いや醸造の仕方などを説明し始めると、客の関心が向くのが分かるという。味の濃淡や甘み辛味の好みを客から聞き出し、これはという最初の一杯を勧める。隠れ家風な空間でレゲエと焼酎。リピーターとなった欧米人客が今度は中国人客を呼び、今のようなミックスカルチャーな場所ができあがった。なるほど。自由自在に文化を取り入れてきた上海ならではと言えるかも知れない。
 オープンして1カ月というあるビストロでも、焼酎の可能性を感じた。中国人オーナーと日本人シェフという組み合わせのこの店では、ビールやワインとともに焼酎のオーダーがよく入るという。シェフが勧めるのはソーダ割り芋焼酎。これが意外や、料理にもデザートにも実に合う。
「これから上海でも焼酎は人気が出てきますよ」
自らは下戸だと告白しながら、しかし確信込もったオーナーの強い言葉に思わずうなずいていた。こうでなければ――、そんな縛りは焼酎にはないはず。その国の人がそれぞれに愛していけばいいのだから。(すどうみか:上海在住)  ■

月刊 酒文化2009年11月号掲載