ほどよい冷えを求めて

 ペットボトル入りの「冷たい」お茶を、中国でヒットさせたのは日本の企業です。それまで中国でお茶といえば温かいお茶だったのに、冷たいお茶でもペットボトルにしたらすんなりと受け入れられたのです。この10年間でペットボトルは中国に広く行き渡りました。
 いまだに、中国できりりと冷えた飲み物を見つけ出すのは、簡単なことではありません。そもそも漢方の考え方から、中国人は体を冷やすことを嫌います。とくに年配者などは冷たい飲み物に否定的な気持ちが強いようです。
 気代節約もひとつの理由かもしれませんが、冬が近づいて気温が下がると、コンビニの冷蔵庫は電源がオフのまま、温いペットボトルが並んでいることがあります。今でも、中国で「水(シュゥイ)」と言って水を頼めば、たいがい白湯が出てきます。飲みなれると白湯は体に馴染みやすく、冷水より衛生面で安心ですが、はじめのころはこの習慣にずいぶん戸惑いました。
 余談ですが、ペットボトルのお茶を買うときに気をつけてほしいことがあります。中国のペットボトル茶は甘い加糖茶が主流。加糖茶は、ふつうの日本人には慣れない甘さで、飲むとよけい喉が渇くような後味を残します。ペットボトルのラベルに「無糖」の文字を、まず確認しましょう。加糖茶なら「低糖」か「微糖」の表記がされています。
 冷えが足りないといえば、ビールにしても同じこと。レストランでビールを頼めば、ほとんど常温のビールが出てきます。都会を離れるほど、日本人好みの冷たいビールをおいしく飲める環境にはめったに出会えなくなります。冷たいビールを望むなら、注文時に「冷たい」を意味する中国語で「冰的(ビンダ)」としつこく力強く言って、念押しをするべきです。それでも、完璧に冷えた一杯など期待しないほうがいいでしょう。丁寧にグラスを冷やす店などめったに見かけませんし、いったいどれだけ冷蔵庫に入れたのかと疑いたくなる温いビールが普通に出てきます。ビール瓶を氷水に少し漬けて表面を冷やしただけで、平気で持ってくる大らかなウェイターが、そこかしこに居るお国です。
 中国のビール消費量は2003年にアメリカを抜いて世界第一位となりました。とはいっても13億人の国ですから、ひとりあたりの消費量はまだまだ世界平均に及びません。中国の酒量全体に対してもシェアの小さいビールですが、面白いのは、都市や地方ごとに人気ブランドが大きく分かれることです。上海でトップのサントリーを除けば、よく飲まれるビールはご当地で製造されている地産ビールです。ハイネケンやバドワイザーなどの外資系ビールも出回っていますが、山東省の青島ビール、香港の華潤ビール、北京の燕京ビールを筆頭に、格安で愛着のある国産ブランドに人気が集まります。中国産のビールは全体的に軽めで、なるほど常温でも飲みやすい風味です。
 もはや中国には、世界一流の趣に、豊富な酒のストックをもつバーだって少なくありません。ただ、立派な造りとは裏腹のずぼらなサービスに拍子抜けすることもしばしば。ロックアイスが角砂糖ほど小さくすぐ融けてしまったり、氷が切れているからとロックをストレートにされたり――、一流バーがこれでは興醒めです。度重なる裏切りに懲りて、バーに行くときは自前のロックアイスを持ち込むようにしたという話も聞きます。
 まだサービス業という概念の浸透していないのが中国。サービスを買っている客が、店へのサービスを求められることも有り。ほどよく冷えた酒を求めるにも、ちょっとした努力が必要です。
(いしはらあきこ:フリーライター、2003年〜2006年蘇州在住)

月刊 酒文化2007年02月号掲載