ミナスの火酒博物館

 ブラジルの代表的なスピリッツであるカサーシャ(火酒)。サンパウロではピンガと呼ばれ、ブラジル全土で飲まれている。その中でも高級品をつくる生産地と言えば、サンパウロ州の北東部に隣接するミナス・ジェライス州だろう。
 同州の州都ベロ・オリゾンテ市からバスで数時間。カサーシャ生産地の一つであるベッチン市には、自然公園の中にピンガ博物館が常設されている。「ヴァーレ・ヴェルデ(緑の谷)」と呼ばれるこの自然公園は、元々は農場で、総面積は一二〇ヘクタール。一九八五年からカサーシャの製造工場として開業し、二〇〇二年からは自然公園として、環境庁の認可を受けて営業しているという。
 カサーシャ博物館には、自然公園の職員が案内してくれた。館内には、ブラジル中から集められた一五〇〇本のカサーシャが展示されている他、樽に詰められたものがワイナリーのように暗室に保管されている。樽にはブラジル農務省認可のシールが貼られており、施設と同名の「ヴァーレ・ヴェルデ」という商標が見える。ここのオリジナルだそうだ。このカサーシャは、当然ながら希望者には試飲させてくれる。樽の色が滲み込んでか、多少、黄色味がかっている。アルコール度数は四〇度前後と高いものの、少し甘味があり、滑らかな舌ざわりだ。
 展示はラフで、棚にビール瓶のような茶色や有色の瓶に入れられたカサーシャがズラーッと並べられているだけ。ワイヤーが張られている訳でもなく、「落ちてカサーシャが割れないか」と心配になるが、ほとんど地震がないブラジルならではの展示方法なのか、単なる手抜きなのかどちらかだ。
 地元ミナス・ジュライス州をはじめ、サンパウロや東北ブラジル産のカサーシャも少なくない。最も古いのは、一九三五年に生産されたものだそうで、時代ごとに変わるボトルからはカサーシャの歴史を目で見て楽しむことができる。
 ブラジルらしかったのは、割れないように太い針金で固定して特別展示してあったのが、「サッカーの王様」の異名をとる「ペレー」のカサーシャだったこと。青いラベルと地球儀を背景に、何故か背広にネクタイ姿の若き日のペレーが笑っているのが印象的だ。このカサーシャは現在、全ブラジルでも数本しか残っておらず、サッカー・ファンとマニアにとっては堪らない存在と言えそうだ。
 印象的と言えば、少々エロチックなラベルのカサーシャも目を引く。「スキャンダル」という名前のラベルのカサーシャには、ビキニ姿の女性が笑顔を振りまきながら踊っている絵が描かれている。
 また、一見、首の長い女性が顔を上げて高らかに杯をあおっているラベルのカサーシャがある。館員の説明では、そのラベルを逆さまにして、女性の頭部と手首の部分を隠すと、女性が下半身を手で隠しているように見えるという逸品だそうだ。酒を飲みながら冗談を言うのが好きなブラジル人らしい「作品」であるとも言える。
(おおくぼこうじ・サンパウロ在住)

月刊 酒文化2010年03月号掲載